木苺

2015-05-30 19.48.59知り合いから「木苺、入荷しました」との留守電(「入荷」って、そんなもん売ってないやろがw)。

どっかの山で採って来たらしいけど、もちろん場所は教えてもらえない。(キノコと同じやなw)

映画の帰りに彼の店に寄って、たっぷり食べさせてもらった。

木苺は、昔、北山の花背に住んでいた時は家の直ぐ裏山の藪にいっぱいなっていたし、北海道の十勝太に居たときも近くの港の土手に群生していた。ああ懐かしい味。。。

高校のワンゲルで京大演習林の夏合宿の帰り道、つまらない林道歩きの途中で道端の木苺をつまんでは食い、つまんでは食いしながらのんびり歩いたこと、何十年ぶりに思い出した。

ついでに、子供の頃ヘビイチゴを食って、味が無くってがっかりしたことも思い出した。

映画『Mommy』

Mommy』という映画を知り合いが見て奨めてくれたので、観に行ってきた。

人物描写の多い映像なので縦横1:1という画面にも違和感はなく、むしろ登場人物たちの持つ精神的閉塞感をよく表していると思った。途中、二度ほどワイドスクリーンになる。初めは少年の心が開放され、平穏な時を満喫している場面。次は切羽つまった母親が少年を病院に引き渡す直前、一瞬浸る「良き時代」の回想と妄想。狭広ふたつのアスペクト・レシオの対比や切り替えも破綻はない。

しかし画角の狭さは両刃の剣で、ストーリーの展開とともに発達障害を持つ少年の行動や心情に僕の感情が同期するにつれて、狭められた視野にどうしようもなく居心地の悪さ、もっと言えば閉所恐怖症のような不安感を持った。もっとも、それがこの若い監督グザヴィエ・ドランの狙いだったろうから斬新だけども非常に効果的だと言える。

何十年も前のことだが、全く異質な映画で 『Stalker』(監督A. タルコフスキー)という映画を観たとき、友人が「こんなに居心地の悪い、楽しくない映画は初めてだ」と吐き捨てるように言ったのを思い出す。チェルノブイリ原発事故サイトを想起させる(といっても映画は事故より以前の作品だが)立入禁止区域「Zone」の廃墟を延々と這いずり回るStalkerたち(今どきの「ストーカー」とは全く異なる意味)が感じたであろう或る種の絶望感でさえ、その時の僕は映画でしか味わえない非現実の疑似体験として、快感とは言わないまでも楽しむことができた。僕はさも分かった風に「非日常を味わえる良い機会じゃないか?」と怒る友人をたしなめた。

ちなみに彼は原子力工学科に身を置く大学院生で、且つ被爆二世だった。彼の置かれた環境や背負った運命の重さを僕は知っているつもりだったけれど、理解していなかったから脳天気なことも言えたのだ。その後のチェルノブイリ、福島の原発事故を直接ではないにしろ経験してしまった今『Stalker』を観直したら、僕もあの時の友人の気持ちになるかもしれない。

さて、『Mommy』で感じた不快感、不安感も、単に画面のアスペクト・レシオによる視野の限定というテクニカルな効果によるものばかりではない。少なくとも僕にとっては、少年期のADHDによる(軽度ではあったが)社会不適合で味わった疎外感や閉塞感、焦燥感それに怒り、という昔の僕自身のリアルな体験が底にあって、劇中人物と引いては映画そのものに感情投影をしてしまった結果なのだろう。劇中で少年がキレるシーンでは鼓動が早くなり目眩がした。席を立つか、さもなければ声をあげてしまうのではないか、とさえ思った。(一緒になってキレてる?)

いたたまれない中で、かろうじて救いだったのは、隣の席のオッサンがずっと居眠りしていたこと。目の前のスクリーンでは退っ引きならない状況でも、幸せそうにイビキをかいているのを横目で見ると「現実」に引き戻されて、少し安堵するのだった。(映画の、あのワイドスクリーン状態!W)

この映画を奨めてくれた知り合いもまた、僕とは違った意味で、つまり仕事で発達障害や適応障害と日々かかわっていて、職場で難しい若者たちへの対応を迫られブータレてることもある。はたして、映画館の観客も何かそれ風の人ばっかりに見えた。しかも、満席に近かったなあ、、、

オシラサマ馬頭琴の里帰り(遠野へ)

遠野郷八幡宮でのコンサート。
八幡宮さんからフライヤーが送られてきた。

■8/30(日) 18:30〜 入場無料
■出演:
嵯峨治彦さん、Cosmysさんたち、昔話の語り部さん、と僕、岡本康兒

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あ、自分のトークのハンドアウト作るのすっかり忘れてた!プロジェクタがあればいいんだけど、ダメらしいので資料を配布すると、、、。はて何を書こうか、、、 つか、何を話す?

馬頭琴コンサート-2s

碗子(ワンズ) その2

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旅先で、のんべんだらりと時を過ごすのに碗子はピッタリだった。

しかし、母の世話などにかまけて最後の旅からもうずいぶん久しくなっていた。ただ、遠出はできないけど時間は湯水のようにあった。で、4、5年前に思いついたのが茶店の開業。旅に出られないのだったら旅先で入り浸った茶店をここにでっち上げ、碗子を出せばばいいのだと。

そして、来た客にダラダラと碗子や旅にまつわるウンチクを垂れる。まあ、楽しむのは僕であり、僕自身の暇つぶしとしてやっているものだから、客は 延々と駄弁りを聞かされ、碗子の具のようにふやけるまで湯を飲まされて、話と茶に辟易して帰る。というわけで、心や安らぐひと時を提供する喫茶店などでは 断じてなかった。

遊びに付き合わされた客はたまったものじゃなかったろう。そういう僕も、最近はさすがに飽きてきていた。旅先の碗子だって永久に居座って飲んでいたわけじゃない。いつかは宿に帰る時が来る。茶店もぼちぼち潮時かと。でも、それだけが閉店の理由ではない。

茶店を開店するにあたって、どうせなら材料や道具、店の設えには凝ってみたかった。そのためには手間を惜しまなかった。

例えば、かつて中国どこへ行ってもイヤというほど置いてあったのに、今ではあまり見かけなくなったという旧式の魔法瓶を上海の人に頼んで持ち帰ってもらい(割れぬように6本を手荷物機内持ち込み!)、それを四半世紀前のチベット・ラサ以来の友人に羽田で受け取り京都まで運んでもらった。そして彼ともう一人のラサ友と3人して神戸の南京町へ仕入れにも行った。清真食堂のあの白い茶器は見つからなかったけど、なんとか安物の蓋碗が手に入った。乾物屋の店中に無造作に置かれた袋詰食品の中から目当ての日なた臭そうなドライフルーツ類も見つけた。

たとえニセモノの茶店であっても、客が碗子のことを何も知らなくても、出すものはあの清真食堂で飲んだあの碗子に出来るだけ近づけなくちゃ、、、というこだわりがあったのだ(実際にはフルーツ類が若干豪華目に奢ってあるが)。

今更だが、、、ドライフルーツが日なた臭いのは大いに結構として、はて、干葡萄や、杏子、無花果などの果実がはたして大丈夫なのか?と、、、。かの国の農産物や食品の安全事情には、報じるメディアの偏向を差し引いても、疑うに足る不安を持っている。僕自身も旅の途中で、エゲツナイ量の農薬をを被った畑とか、人がペッペと痰を吐き散らかし、犬や子どもがウンチをする路上に直に置かれた野菜など、実際に目にしたものだ。

くだらないかもしれないが「本物」にこだわり、凝れば凝るほど、安物で怪しげな中国産のものでないといけない。そして不安を持ちながらそれを使うという矛盾が生じる。

しかし、やっぱりそれはイカンやろうと。そう思うと、もう自分でも碗子を飲む気が無くなってしまった。ましてや客になどすすめられない。(何を今ごろ、って怒られそ。。。m(_ _)m )

高価な、しかし信頼のおける無農薬・有機栽培のドライフルーツや茶葉を使う手もあるが、もうそれは僕の遊びの範疇から外れて真面目な仕事になってしまう。いい加減でインチキな遊びは楽しかったけど、それも程々にしておかないといけないな、と。

でした。ちゃんちゃん。。。

蓋碗

碗子(ワンズ) その1

蓋碗

昔、パックパック担いで旅していたとき、いろんな国でお茶をいただくことになった。

今でも思い出すのは、動物の膀胱や生皮に包まれて強烈な臭いを発するバターが入ったチベット茶。焼き締まっていない素焼きカップの土が溶け出していても見分けのつかない色と、スパイスの香りとねっとりした甘さのインドのチャイ。怪しい絨毯屋に引っ張り込まれて毒盛りを疑いつつ儘よと呷ったトルコの甘酸っぱいエルマチャイ。モンゴルの草原で遠くにゲルを見つける度に馬を寄せては厚かましく無心した塩っぱいスーテイツァイ、、、

まだまだ、シベリアの入り口のイルクーツクで飲んだジャム入り茶やら、北パキスタン・フンザのカワチャイ、ヒマラヤの麓・ダージリンの紅茶やら、、、思い返すと、それぞれが一冊の本になりそうな勢いでお茶の味と香りと当時の情景が湧き出てくる。

’90年に初めて行った中国では、新疆のカシュガルやチベットのラサなど、地方の中心都市といえども国際電話をかけるのには下手すると一日掛かり。いや、それどころか一日待たされたあげく「本日は接続出来ませんでした」と追い返されることもフツーにあった。「一日に一つ何かできればヨシ。後はオマケ」というのが僕の旅の鉄則だったから、通話の可否に拘わらず、電話(郵便)局へ行くという「用事」はともかく達成されたことになる。電話に限らず、郵便局や役所の仕事も交通機関も全くあてにならず、一事が万事その調子なので、その後の予定が全てポシャったとしても別に怒るでも悲しむでもなく、同宿の気の合った友人と街へ繰り出して淡々と茶をシバくのであった。

そんな時、重宝したのが回教徒のやっている清真食堂。そこで出されるお茶「碗子」は、茶碗蒸しの陶碗に似た蓋碗に数種類のドライフルーツと氷砂糖、緑茶葉を入れたもの。そこに魔法瓶でお湯を注ぎ、被せたままの蓋で具を濾しながら啜るのだが、乾燥した彼の地ではフルーツの酸味とゴロリと沈んだ氷砂糖の甘味が心地よく、同じく乾いたトルコやイランで飲んだチャイを思い起させる。しかも嬉しい事に、そのお湯が無制限に無料でお替わりできるのだった。

ひと日の「仕事」が成就してもしなくても、友人と今日の成果や明日の目論見を延々語り合いながら午後の時間を湯水のように垂れ流す至福。バックパッカーだった僕にとって、氷砂糖がすっかり溶けきり、痩せて小さかった干し杏子がブヨブヨになって、お茶がまさに湯水そのものになっても、碗子はこの上ない飲み物だった。

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