Another day in the life…

Went to my old house today– forty-year-old and decaying all over.

Used to live there during my former marriage but moved out as we broke up. The house had not been taken care of well enough by the renters until recently the last family moved out.

No fun at all to see something– which was (and still is) a part of my life– crumbling away.

Have no guts to live there any more, for there are too many things to be remembered about the house … It hurts a lot.

Now, only thing I can do for the house is to fix the damages so as to preserve it along with those reminiscences.

But removing the rotten wood from the veranda seemed like ablation of infarct from my brain… It hurts, too.

2015-10-29 12.00.58 2015-10-29 12.01.15 2015-10-29 12.01.35 2015-10-29 12.01.58Having had done for today, went to the shrine of the village. On the way from the torii gate to the precincts was my favorite place: the sloped path surrounded by the terraced rice paddies. With the rice ears of rice, they would have been golden yellow by now.

However, the paddies were abandoned years ago and the wild Japanese silver grass has taken over. It was sad to see the decline of Japan’s agriculture; nevertheless, the scenery as such, whether with rice or grass, was beautiful.

Walked up to the end of the path, visited the modest village shrine in the woods. Glad to find the shrine standing unchanged.

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オシラサマ馬頭琴の旅物語、追記

演奏会の様子をUPしていなかったので写真を追加。
 
満席で、最前列中央の観客は奏者の嵯峨治彦さんから1mもない状態。通常は奥の映写スクリーン方向に舞台を設営するのだけれど、マイクを通さないオシラサマ馬頭琴の音量はとても小さくて最後列の方には届かない心配があり、今回は横広がりに座っていただいた。
 
ところがドッコイ、オシラサマ馬頭琴は皮張りで且つ共鳴胴が小さいのに、よく頑張って鳴り響いてくれた。それは、作った僕にもとても出せない音量であり音色。堺町画廊の土壁や三和土の床、木の柱、吹き抜け天井に渡る梁なども楽器の一部となって共鳴しているようだった。
 
思い返してみれば、札幌の札幌市厚別区民センター、秋田のココラボラトリー屋上、大仙の樫食堂、遠野の遠野郷八幡宮、それぞれ全く違う環境で、その場所に応じた素晴らしい演奏をしてくれた嵯峨さんの力に負うところも同じくらいあったと思う。

僕の馬頭琴演奏を聴いたことのある(そして、不幸にもそれ以外の「本物」の奏者の演奏は全く知らなかった)友人が今回の嵯峨さんの演奏を聴いて「こうちゃんの演奏は世界一やと思ってたけど、嵯峨さんの演奏を聴いたらあれは全然別のレベルやね」と。。。僕は馬頭琴を作るために最低限必要な音が出せるだけで、演奏者じゃないから、友人には「聞き苦しいだろうけど、ごめんね」という前フリで聴いてもらったはずなんだけどなあ、、、(笑)
 
閑話休題、いつかまた嵯峨治彦さんのコンサートが堺町画廊であれば、お願いして一曲くらいオシラサマ馬頭琴を弾いてもらえるかもしれない。楽器と空間と演奏者の醸し出す音を楽しみにしたい。

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オシラサマ馬頭琴の旅物語

昨年の秋、東北を旅して、まるで急かされているかのように「作らされた」オシラサマ馬頭琴をたずさえ、嵯峨治彦さんに弾いてもらうために北海道に渡り、札幌にたどり着いたのが丁度一年前。

そして、いよいよ動画撮影と録音(ってもiPhone4ですが、、、)をするために、樹々に覆われた自然の豊かに残るとある公園に忍び込み、極大は過ぎていて見えなかったけどオリオン座流星群の下で演奏してもらったのが一年前、10月23日の夜。2014-10-23 23.51

あれから奈良での嵯峨さんの予定に合わせてたまたま決まった昨夜の「オシラサマ馬頭琴の旅物語」まで丁度一年。偶然だけど不思議な縁を感じる。

札幌で嵯峨さんの企画してくれた「オシラサマ馬頭琴ナーダム」、秋田のTamiさん、いしまちゃんたちのcocolaboratoryと樫食堂、そして京都の堺町画廊の「オシラサマ馬頭琴の旅物語」・・・演奏者と楽器と制作者それぞれのホームグラウンドで三位一体パフォーマンスができて幸せだったし、形の上では一区切りついたことになる。

だけど、なんか、旅は終わっていない気がするなぁ。。。知らんけど。

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宵宮と寺とお茶とピアノと

昨夜は友人が副住職をしている常磐の西方寺の傍にある小さな八幡宮、天王社の宵宮だった。暗くなってから行ってみたら凄い人出。子どもたちは道を挟んだ寺の境内まで溢れでて来て、本堂の前で段に座ってゲームしたり焼きそば食べたりしてはしゃいでいた。

僕も少し夜店で買い食いをしてみた。でも、一人じゃあ淋しいんでお寺に挨拶に行くと、ちょうど友人が出てきて座敷に上げてもらった。和尚や奥さんに挨拶していたら、促されて本堂のお茶席へ。和服姿の妙齢の女性たちとお薄を一服。寺のお母さんが寺の庭の丹波栗で作った渋皮煮を茶菓子で頂いた。

そうしている内に、本堂に置かれたピアノで、幡枝の妙満寺から来た坊さんピアニストのつっちーこと土持くんの演奏会がはじまった。その穏やかにたゆたう旋律は、窓の外ではしゃぐ子どもたち声や天王社から流れ来るさざめきとは全く対象的なのに、それらが混ざり合っても不思議に耳障りではない。気持よく眠気を催して、二度ほど椅子から落ちかけた。目を開けたら本尊の前の畳の上に寝て聴く人たちも。。。

演奏の終わり際に天王社からちょっと上機嫌で戻ってきた和尚が、つっちーの演奏を初めて聞いて嬉しくて、何やらくっちゃべっている。知り合いの女性から 「静かに!」と注意されてもどこ吹く風。曰く、「音楽は耳を傾けて聴くものやない、聞こえてくるものこそが良いのや」と。なるほどその通りの演奏会だった。

宵宮は寺の祭りではないけれど、人の集まるこの寺の目指しているものが凝縮された夜だった。

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追記:
つっちーは演奏同様穏やかで、一見おぼこい風体なので、土持くんと書いてしまったが、和尚と後で話した時「わっしゃ、あの住職の演奏をいっぺん聴きたかったんや」と言ったのを思い出して、調べてみたら、幡枝にある由緒ある妙満寺の塔頭、大慈院の住職だった。知らずにあだ名や「くん」付けで呼んでいた。。。失礼しました。 m(_ _)m

告白

恥ずかしくて言えなかったのだけれど、、、以前から、うちの家には僕の親が誘拐同然に連れてきた子供が居て、酷いことにその子は玄関先から内に上げてもらえずにいる。逃げられないようにまるで犬みたいに紐で繋がれて。

実の親ながら情けないのは、親がよそでヤクザと喧嘩して負けて逃げ帰ってきたとき、追って来た奴らにその子を殴らせておいて、自分は家の中で震えていたくせに家族には出て行って追い返せと威張っていたこと。

それに、親は結局どうにも勝てないと悟って平謝りしたんだけれど、喧嘩相手のヤクザの子分が今も玄関に居座って、その子をなぶりものにしている。ご丁寧に、居座っている輩の飲み食いの世話まで家族にさせる始末。

親は、土下座して謝ったくせに今はそれも忘れて家族にまた威張り散らかして、僕らがその子に家族として接しようとするのを邪魔をする。それどころか終いにヤクザと一緒にその子を足蹴にする、、、それでも、その子のことを自分の家の子だと言い張る。全く狂ってるとしか思えない、、、と今は言えるけど、長いこと家ではこれが普通なんだと思っていた。

うちの親もカタギじゃないんだけど、そんな親の元に生まれた僕はこの家から出られずにいて、玄関の柱に繋がれて三和土でうずくまっている子には手も差し伸べることもできないから、親同様に恨まれていると思う。世間ではきっとヤクザな人さらい一家だと思われているんだろうな。

前に一、二度、親が家を出て行き、知らないおじさんが来て家の面倒を見てくれたことがある。少しほっとしたけれど、おじさんはその子や僕に特段なにかをしてくれたわけでもなく、また直ぐ親が帰ってきて元通りになった。

近頃は親からしきりに、外へ行ってヤクザの手伝いでもしてこい、とうるさく言われる。ひょっとしたら僕は知らない間にヤクザの手下にされてしまったのかもしれない。喧嘩や抗争に借り出されるのも時間の問題だろうな。そしたらきっと、玄関から出かけるときにその子を踏みつけて行くことになる。そんなことは死んでもいやだ。

ああ、もう我慢の限界。玄関の子の紐を切って親の寝首を掻き、一緒に逃げようと思う。それよりも、、、このところその子の目つきが違う。たとえ僕が手助けしなくても、近いうちに必ず自分で紐を断ち切って自由になってやる、という意思が感じ取れる。(それにしても、あの状況によく絶えられるものだ。僕ならとっくに気が変になっていただろう。)

何もしてあげられなかった僕も、親と一緒に寝首を掻かれるかもしれない。それは嫌だけれど、仕方のないことかもしれないなとも考えている。