Day 7 photo / 0826

四半世紀前のシベリア鉄道では、わけのわからない森の中で停車したかとと思うと、ピロシキやベリーをいっぱい詰め込んだバケツを持ったおばさんたちがどこからともなく現れて、乗客たちに売り歩いていた。現在ではさすがにそれはなかったが、駅では商魂たくましいおばちゃんたちは健在だ。

Reflection on the day I leave Oslo (actually posted a week later, on the day I’m back to Gothenburg, Sweden)

Until just ten days ago, I was walking on the path down in the U-valleys of Kungsleden up on the northern Swedish fells.

Thereafter, sitting on a shore, gazing at the sea, rowing a tiny boat and taking a cruise ship, I have been here in Norway with countless fjords, another U-valleys that are drawn in the North Sea.

I have enjoyed both.

On one of the Lofoten islands the other day, the old host of a hostel I  had been staying in– finding out I was doing nothing but sticking to my iPad all day– told me to go offshore in his little boat, which I would row all by myself. “It’s NOW for you to go out there as the weather is fine and the sea is perfectly calm. What else can your ask for? What are you waiting for?” said he.

I had been sick and tired of rowing since, at one part of Kungsleden, I had to row across a one-km-wide lake back and forth three times in order to secure at least one boat on each side of the lake after my crossing; the first time in a hurry to tell the hut warden that there were shivering old people waiting for the motorboat, the second time with an extra boat towed behind and to tell the people that the motor boat won’t come, and the third time with two of the old people and their backpack in the vessel; in a cross wind and rolling waves. When I finally reached ashore and landed, I had little grip power left in my both hands barely enough to grab and pick up my backpack on the beach, and swore I would never ever row any more for a while if not the rest of my life.

Nevertheless, I took the advice, or rather an order, from this old man who knows of everything about the beautiful (and sometimes treacherous) sea in front of us– how could I resist it?– and immediately set off… well, not too far off, though. Only for an hour or so around the harbor, I tried to make it just far enough to see the tip of Lofoten.

A couple of days later, I found myself on a cruise ship, one of the “Hurtigruten (Coastal Express)” fleet. I heard about the spectacular landscape of Trollfjord and the captains’ amazingly superb maneuvers (which I have already written about in Facebook). They never had me regret that I had taken this ship even if it’s a bit too luxurious for my trip standard and if only on the short legs partially of the week-long journey along the coast of Norway.

I have spent three nights in Oslo. I originally wanted stay here only for a day or so because everything is so expensive, but I extended my stay, like I did so on the Lofoten islands, for it turned out it would take me at least two days to cover what I really wanted to see in the museums here: the polar ship Fram, the Kon-Tiki raft, the Viking ships, Munch’s paintings in the Munch Museum and in the Natioal Gallery.

Beside Munch, my interest lied mainly in ships, since during my stay on the Lofoten islands I saw many local vessels– boats, yacht, ship, big or small, old or new, most of which were built in traditional styles (or classical, if you will) and retained a “smell” of the Norway’s maritime heritage. Here again in Oslo, I find many more ships of the same kinds I saw in Lofoten, and oh I like them all.

Now that the days of my journey are counted, I am heading for Hamburg, where I will see my friends. I am going to take off from Stockholm on Ocrober 5th  for London, HongKong and the Osaka. I wish I could take boats to go across the Oceans on. the way home….

I will later write about Munch.

 

Day 30 text / 0918

昨夜のツーリストステーションのディナー、レストランの値段は高過ぎてパス。ショップで買った冷凍ピッツァをキッチンの電子レンジで温めて食べたが、朝飯はそれほど高くなく、しかもちゃんとしたものが食べれるのでレストランに行った。昨夜のメンバーとは違うが、道中の山小屋で顔を合わせた人たちとつるんで良く喋り、良く食べた。が、やはりアンドレアスくんの姿はなく、誰も彼を見かけなかったとのこと。早く着いて列車に乗っちゃったか?ただ、話をした一人から午後の同じ列車でストックホルムへ向かうはずから、昨日のうちに帰ってしまったということはない、と聞いた。ただ、僕のナルビック行きの列車は彼らのより早い時刻に出るので、見送るわけにもいかず、このまま会えないかもしれないと思った。

みなにさよなら言って戻る途中に、レストランに反対側に一人ポツンと座っているアンドレアスくんを見つけた。なんかホッとした。黙ってこっちを見て、微笑んでる。いかにも彼らしい。そういうところがいい。チェックアウトの10時が迫っていたので、またその辺で、と声をかけて部屋に戻った。

荷物を預けにロビーへ行くと入口に、テント泊まりでコースもKungsledenのトレイル周辺を歩き、途中で僕と出会ったりしばらく会わなかったりしてきたドイツとフランスのカップルがいた。彼らは今着いたところのようだった。彼らにも別れの挨拶をした。

さて、発車時刻までまだ3時間もある。暇つぶしに同じ敷地内にあるミュージアムへ行ってみた。ちょうどアンドレアスくんが、アビスコ周辺の自然や動物たち、サーミの人たちのことを説明する案内板を読んでいるところだった。ミュージアムは休館らしい。日曜日なのに!?シーズンが終わってる?でもオーロラはこれからなのになあ、、、。

まあ、屋外の案内板だけでもと読み始めたら意外と面白い。説明の中でサーミ語の地名表記に使われる単語の説明があり、興味深く見たた。最近は、地図の地名も道標もスウェーデン語化された綴り(ちょうど、和人がアイヌ語地名を漢字で当てたようなもの)ではなく、サーミ語のアルファベット綴りの表記に改められつつある。舌を噛みそうな地名ばかりだと思っていたが、チェクチャの管理人ステファンさんが説明してくれたことは、これを知っていたらもっと良くわかっただろう。

アンドレアスくんが昼飯までの間。キャニオンに行くと言う。食事の時は別にして、僕はこの旅で今まで一度も誰かと「一緒に何々しないか?」と言ったことはなかったが、この時は、一緒に行っていいか?と訊いてみた。この5、6日で彼の行動志向はわかっているし、また迷惑でもダメとも言わない性格の人間だろうと思うけど、まあ最後だし、、、

で、ツーリストステーションから歩いて数分のところにある、岩石のキャニオンへ行った。岩の裂け目の数十m下を流れる渓谷の水は昨日歩いてきたアビスコヤウレの湖から流れ出た川で、この高みから数km先に見下ろすさらに大きな湖にデルタとなって流れ込んでいる。

鉄道の駅のほんのすぐ近くまでほぼ手付かずの自然が迫っていて、アクセスに車やバスを使わなくていいし、半日歩くだけでKungsleden以外にもいくつもの山小屋があり、もちろん途中の景色も素晴らしい、とアンドレスくんはアビスコの立地が好きだと言う。オーストリアはじめヨーロッパのアルプスではこうはいかないらしい。手軽に行ける「山小屋」のレストランにはシェフがいて、ホールでは音楽が生演奏されている。山小屋らしい山小屋に行くにはずっと上まで登り、それなりの山の装備や技術がいるのだとか。

キャニオンには車椅子が通れる遊歩道が巡らされ、一般の人も気軽に「自然」を楽しめるように工夫されている。途中に「アビスコ国立公園のシンボル」と銘打たれた金ピカのデカイ「物」が鎮座している。野外彫刻とか記念碑とかが景色の一部となって自然と共存することに異存はないが、これはないだろう、、、。あまりに馬鹿馬鹿しいのでアンドレアスくんに写真を撮ってもらった。

ここからは遥か山の上にオーロラを観るためのスカイステーションが見える。アンドレアスくんにもレーザー照射で偽オーロラのプロジェクションマッピングしたら、曇りの日でも日本人はじめ、オーロラを目的に来た人たちから料金とってガッポリ儲けるぜ(がタダ観も続出するだろう)という話をしたら、やはり大ウケした。

対岸の岩壁の上で写真撮ってるのは、アビスコヤウレから別ルートを取ってこちらに向かったスウェーデン人のおっさんくさいお兄さん。アンドレアスくんも彼もサウナが大好きなので、山小屋のサウナに行くと必ず彼らがいた。アンドレアスくんとは対照的にサウナでもどこでも軽くて良くしゃべるが、面白い人だ。彼ともお別れの挨拶ができた。

やがて時間が過ぎて、僕の乗る列車の時刻が迫ってきた。アンドレスくんとツーリストステーションまで戻って荷物を取ってきたら、別のスウェーデン人で、映画のことならスウェーデン政府の映像アーカイブで調べてみたら、と教えてくれた人が山から戻ってきていた。旅の後半のそのまた後半で出会い同じ北向きコースを取った人たちの大部分にさよならが言えるとは、、、

いよいよ、アンドレアスくんたちとも別れの挨拶をし、駅に向かって歩き出したが、すぐ思い直してとって返し、スウェーデン人くんにお願いしてアンドレアスくんとのツーショットを撮ってもらった。

Kungsledenでも、「あ、さっき会った人のところまで戻って、、、さっき見たあの景色のところまでとって返して、、、と写真を撮ることを何度も何度も考えたが、なぜか踵を返すことはなかったのか。ま、いいか、とそのまま歩き続けた。たぶん余裕がなかったんだろう。今回は特別。記念写真で本当に最後の最後。さようなら。どこかの道をゆっくり歩いていたら、また会えるかな。

駅までほんの200m。線路の高架に沿った道路を渡ろうとしたら列車の警笛が聞こえてきた。こんどは鉄鉱石の積み出し港ナルヴィックからの回送貨物列車。昨日見た時、まるでフィルムを逆回しして映画の最初のシーンに戻ったような感じになったが、今一度、二重連の機関車に牽引されて空のバケットの列が西から東へ戻って行くのを見送ると、昨日Kungsledenの最後で出くわした時よりもっと、ダメ押しのように僕の「旅の終わり」を悟らされることになった。

Day 29 text / 0917

管理人のボッセさんとマルガレータさんに出発の挨拶がてら、オヤツの甘いものを買いに行く。チョコレーズンみたいなのを買おうと思ったら、お金はいいから持って行きなさい、って。ありがとう!最後の行程のエネルギーになります。

出かけて、いきなり道を間違える。小屋から100mも離れてないのに、、、。一度戻り、大久保さんを知っているアメリカ人の青年に方向を訊いて、再出発。最後の行程、気が緩んでるな。

湖の畔に沿って数km歩くとプライベートの山小屋らしい小さな建物がいくつか出てくる。そこを過ぎた辺りから今までのトレイルと違い、幾分か道が広くなる。トラクターの轍のような跡も出てくる。薪やその他の補給物資を運ぶのだろうが、だんだん「文明」の地へ近づいている感じがする。

Kungsledenの前半からシンギ以南までは一日中歩いても数人しか人を見かけない日も多かったが、アビスコが近づくにつれ出会う人も増えてくる。中には高校生くらいの若者たちのグループが引率されて歩いてる。おしゃべりに夢中で、ヘイヘイっとスウェーデン風に挨拶しても一瞥もしない。まあ挨拶なんてしないといけないわけじゃないし、いいんだけれど、、、彼らはあまりこういう所へ来たかったわけじゃないんだろうな。。。携帯プレーヤーかスマホのイヤフォンで音楽聴きながら歩いてるひともいる。出会ってきた山歩きの人たちが言う「Civilizastion=文明」の地に戻るのも近い、ってことか、、、

それでも僕はこの最後のレグを楽しみたいから、これまでも早く歩かなかった(歩けない?)のに、今日はことさらペースを落としてる。できる限り周囲にそびえる岩山や遠くの残雪の景色を見、谷を吹き抜ける風や岩に跳ねる水音を聞き、そのせせらぎの水や敷き詰められたように実るベリーを味わい、森の空気をいっぱい吸い込んで木の葉や苔の匂いを嗅ぎ、Kungsledenに満ちているものを体中に染み込ませたい。

そうやって青空の下、明るいきれいな樺の樹林帯を歩続けていたら、僕のKungsleden追想の旅は、貨物列車の警笛であっけなく終わった。映画『太陽のかけら=Kungsleden』始めには、鉄鉱石鉱山のあるキルナとノルウェーの不凍港ナルビックを結ぶ線路を走る長い長い鉱石輸送列車が通過するシーンがある。今までと何も変わらない木立の陰のほんの数十m先に、キルナの鉄鉱石を山積みした逆三角形の鉱石バケットの列が見え隠れするのを立ち止まって延々と眺めた。

第二次大戦中、スウェーデンがドイツにこの路線を通じて鉄を供給したことがこの映画の何かに結び付けられているのかも、ということは、何も知らない15歳の頃に初めて観たときは勿論、この旅に出る前に50年ぶりにdvdで観直した時も気付かなかった。しかしKungsledenを歩くうちに図らずも出会った人たちと語り合う中で、戦時中のドイツとの関係について、’60年代になってもまだスウェーデン人が心に持っていた複雑な感情について知ることになった。まさかその象徴的な貨物列車が出迎えてくれるとは、、、

線路の手前に、きっと映画が撮られた頃には無かったであろう、ログで作られたKungsledenの北端ゲートがある。特に仰々しいわけでもなく目障りなこともないが、、、出発した南端のヘマヴァンにはポツンと道標だけが立っていたなあ。多くの人たちにはこのゲートがスタート地点になるが、へそ曲がりの僕には終点。でも、ナルヴィックに向かう鉱石輸送列車を見送った後には映画の逆回しを観てしまったような気持ちがしたが、ゲートに至った時には特に何も感慨は無かった。普通にくぐり抜けてKungsledenをオフィシャルに終えた。

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ここで、29日間の旅の記録を終わらせるつもりだった。実際Kungsledenの旅はここまでだったし、これから先、残りはただの観光でしかない。ただ、北に向かってアビスコ至る道を辿り、途中の山小屋で何度も同宿だった、僕と同様にへそ曲がりのトレッカー達とアビス・コツーリストセンターで再会した顛末くらいは書いておこうと思い直した。

大きなメインビルディングを中心にコテージなどが立ち並ぶコンプレックスのアビスコ・ツーリストステーションは個室のベッドルームは勿論、ちょっと高めのレストラン、土産物や登山ギアのショップもある、ほぼホテル。ヘマヴァンの山岳ステーションが、飛行場まであるスキーリゾートに建っていたのに、何と慎ましやかに思えることか。まさに文明へ戻った感じ。しかし、今夜はここに泊まるのかよ。。。と半分怖気ながらレセプションへ行ったら、ドミトリー式のホステルもあるって。だろうな、、、 見回したら普通の旅行客とトレッカーが入り混じって行き来している。

受付カウンターで嫌な思いをさせられた。僕の前に、カウンターで手続きか問い合わせをしている人がいて、僕はその後ろで、あまり近づくといかにも急かせているように思われるのもナンだな、とちょっと距離を開けて待っていた。女性の用事が済んで、さてと前に進もうとしたその瞬間、僕の目の前をダッシュでカウンターに飛びついて割り込んだ人がいた。日本人。。。おじさん、本能の赴くままに行動してる。おじさんに近づくのもやだな、って距離をとってたら、今度はおじさんが終わってないのに、僕の前に割り込んだ人がいて、日本人のおばさん。。。僕の方を振り向いて、あら、ごめんなさい、って言うけど退くわけじゃない。。。日本に来る中国人観光客を悪く言う人がいるが、何ほどの違いがあるのかねえ。。。何十年か前に話題になった「恥ずかしい日本人」という本を思い出した。

僕は日本を出るまで知らなかったが、アビスコは日本人の間でオーロラの鑑賞地として有名らしい。残念ながらその夜、ここ数日とは違ってベッタリの曇り空だった。

アーレスヤウレで知ったKungsledenの伝説の日本人、大久保さんのことを思いながら、この北極圏の山の中に来る日本人も様々だな、、、と考えた。(アーレスヤウレやアビスコヤウレで、いろんな人から、次はお前が伝説になれ、と言われたが、、、僕は、大久保さんのような善意に満ちた影響を残すこともできないし、無邪気に振る舞っている観光客のような足跡の残し方もしたくはない。そっと気づかれずに通り過ぎるのが理想。しかし、その割にはいろんな人と関わり過ぎたなあ、、、)

夕方、キッチンでこれまでの小屋泊まりで一緒だった何人かと顔を合わせたので日本人の話題になった。彼らはアビスコにとっては良い客なんだろうけど、僕は、山から下りてきて一番見たくないタイプの人間がわんさかいてガッカリだと言った。ついでに、どうせ儲けるのなら、全天が曇りの日でもオーロラ鑑賞ができるように、雲底にレーザーでプロジェクションマッピングしてやればいい、って言ってやった。大ウケ。開始時間きっちり決めて、ガッポリ料金取って、、、あ、どこからでも見えてしまうからそりゃ無理か、、、

オーストリア人のアンドレアスくんも先に着いているはずだけど、見かけなかった。これまでの山小屋と違い、ホステルでも部屋が多すぎて出会わない可能性が高い。それとも、早く着いて列車で帰っちゃったんだろうか。。。一番ちゃんとさよならを言いたいヤツなんだけどな。。。