山歩き案内+温泉回想

 早朝一番のバスを降りて長い林道のアプローチを終え、登山口と書かれた道標と営林署の注意書き看板の前を通り過ぎ、暗い植林の谷に入る。よく手入れされた杉林の中を伸びている、油が乗って滑りやすい木馬道を上り詰めると、終点で左手の沢に降りる。水量の豊富な流れを右岸へ渡渉し、ナタ目のある大きなブナの木の横からそのまま背丈ほどもあるササ藪の急斜面を直登する。
  
 藪漕ぎを終えるころ斜度が緩くなり辺りは広葉樹のまばらな明るい林にかわる。間もなくよく踏まれた古いユリ道に飛び出る。左はもと来た登山口へ、右へは石仏を経て一本杉のある峠へ続いている。
  
 平坦で歩きやすいユリ道を右に取りしばらく行くと、斜面に埋もれるようにして小さな石仏が2体並んでいる。峠まではもう少しで、樹々の間からは背の高い一本杉が見えるが、峠からは眺望がないので、ここで再び斜面に取り付いて分水嶺の稜線を目指す。石仏に向かって右手から入るケモノ道のような踏み跡が見つからない場合は峠経由で稜線を辿るもよい。
  
 混合樹林を抜けて痩せ尾根の稜線上に出たら道を左へ登る。登り切った頂上は10畳敷ほどの草地で、5万の地図には独標の表示があるが道標も標柱もなく、生い茂った草の様子からあまり人が訪れていないように思える。しかし標高はさほどでもないが周囲は落葉樹の灌木ばかりなので冬は特に眺めが良い。ここでちょうど昼になる。
  
 そのまま尾根を縦走すれば登り下りを繰り返して次第に高度を下げ、途中で道は尾根筋を離れて先に横切ったユリ道と合流する。続けて下ると登山口に戻る。
  

 山頂から尾根道を取らず尾根と直交するように乗越すし、もと来たのとは違う水系の斜面を下る。周囲の植生が劇的に変わるので中央分水嶺を越えた実感が湧く。またこの辺りにはシカの鳴き声やキツツキの音がよく響いているし、木の幹にはところどころクマの爪痕も見られる。運が良ければカモシカにも出くわすことがある。
 

 斜面を下り始めてほどなく暗く大岩の多い谷に出会う。後は谷に沿って下るだけなので道に迷うことはないが、小滝が連続しているので巻道を見失わないよう注意する必要がある。冬期は、積雪が登ってきた側と比較にならないほど多いので、輪カンジキの着用と長時間のラッセルで登り以上の体力消耗を覚悟しなければならない。

下るにつれて踏み跡から小径になり、それが轍のある細い林道に変わる。下りきった谷が開けて扇状地になる所に10軒ほどの小さな半農半林の集落があり、地方鉄道駅へのバスも来ているが休日運休どころか、週に3日だけ朝夕1本ずつの運行であることに注意。さらに積雪期は運休になるので事前に問い合わせしておくべきだろう。スケジュールが合わなければ駅まで、アプローチの林道以上に長く退屈な歩きが必要となる。

中央分水嶺を越えるコースを辿ってその日の内に家に帰り着けたら幸運である。ただ、途中で寄り道して、神社前のバス停がある三叉路でバス道を離れ、さらに奥まった山中にある一軒宿の温泉に浸かるのも良い。年寄り夫婦のやっている数部屋しかない小さな温泉宿だがいつも空いていて居心地が良い。入浴と休憩だけもさせてもらえるが、どうせバスは無くなっているし、のんびりしていると歩いて駅に着いたとしても最終列車の時刻も過ぎてしまっているので、そのまま泊まって帰ることになる。

話下手で腰の曲がった主人に案内されて、ギシギシとうるさくきしむ渡り廊下を渡った先の小さな古い木造の離れが浴室。3人がやっとの狭い湯船の枠は檜のようだが温泉の成分で黒く変色している。温泉とは言うものの実は冷泉で沸かし湯だが、ほんのり硫黄の匂いがする肌当たりの良い泉質だ。ぬるくてしっかり長湯ができる。

湯上がりに、二の腕に擦り傷ができるほどバリバリに糊の効いた浴衣を着て、老女将が摘んだという山菜の田舎っぽいがどこか懐かしい手料理をいただいたら、後はもう寝るしか用事がない。新聞は来ないらしく、宿に一台きりの食堂のテレビは5年前の落雷で壊れたままだというし、他に客もおらず、主人夫婦は食事を片付けたらさっさと寝てしまうので、このあたりの山や村の面白い話も聞けない。早寝して翌朝また街道へ出て、バスか歩きで駅に向かうことになる。

 渓流のせせらぎが聞こえる部屋に戻り、少し湿った重い布団に潜り込んで目を瞑ると、今まで歩いて来た山の情景が思い浮かぶ。
 

 

なんちゃって、、、


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