「茶店(ちゃみせ)」カテゴリーアーカイブ

山笑茶屋

先週、岡山牛窓の妹のところへパソコンの修理に行っていた。岡山には美作に従弟が工場を構えていて、彼の奥さんは近くですてきな「山笑茶屋(やまわらうちゃや)」というカフェをやっている。

カフェになる前の空き家は見たことがあったが、開店後は行ったことがなかったので、パソコンの用事の合間に妹夫婦と美作までドライブして閉店間際に滑り込んだ。

山笑茶屋は、周囲に何もない山の中の、森に囲まれた尾根というか峠のような所にぽつんと経っている。店の中にはタイに直接出向いて仕入れてきたという藍染の衣料や小物雑貨が置かれていて、以前のがらんどうだった時とは全然違う。街なかの喫茶店と違い、通りがかりの一見さんはあまり来ないだろうけど、何も知らずにこの山の中へ来て店に入ったら驚くだろうな。。。

友人の一家、ザ・バクマイズ

さおとちゃん(人物) と あもちゃん(楽器)の合作、ザ・バクマイズ手ぬぐい。

昔、「沖縄に向かって」北海道から小さな古い軽四で、助手席の膝の上までナベを載せてうちにやって来た若いカップルは、しばらく僕の西陣の家に居候したあと、そのまま京都に居着いて美味しいスープ屋さんの店を出した。

時は流れ、女の子が生まれ、彼らは何故か沖縄とは逆方向の岐阜に引っ越して、そこでもまたお店を始めて、二人目の女の子が生まれ、またこの春には三人目も、、、

僕が十勝にいた頃、お母さんはいつも元気に大声張り上げて歌ってる田舎の高校生だった。札幌出身のお父さんはG. ハリスンを尊敬するギタリスト。そこに生まれた子どもたちはバンドをやるのは必然だった、と。。。

先日、京都西院のライブハウス「ネガポジ」で初めて生で彼らの演奏を聞いた。理屈抜き、バクマイズ?にパワフルで、メッチャメチャ楽しかった。ライブの様子は許可をもらってYoutubeにアップしてある。(あもちゃん、さおとちゃん、真剣っ!)

その夜、彼らにとって京都の最初の家だった西陣のうちの二階に泊めてあげたら、お礼にと手ぬぐいとCDをもらった。

静香 再訪

随分前のこと、ある日、千本今出川にある喫茶「静香」の前を通ったら張り紙がしてあって、「しばらく休む」とのことだった。

ほどなく改装が始まり、その後ドアや窓枠が赤く塗られて店は再開した。

誰の趣味なのかは知らないが、僕の中では静香に赤い色は似合わない。長年に渡り昭和の古色を積み重ねてきたオーナーのおばちゃんの趣味とも思えない。。。 近年、身体が見るからに衰えていたおばちゃんに何かあったに違いない。が、変わってしまった静香の中に入って聞く勇気もなかった。。。

もとより一人で飲食店に入れない質の僕だから、再開してから、前を通っても見ないようにして駆け抜けていたが、京都に来る度に一緒に静香へお茶しにいった友人が訪ねてきたので、二人して再訪。(何と気の弱いことよ、、、我ながら、ったく、、、)

お店の内部はほとんど変わりない。少し安堵。やはりおばちゃんの姿はない。スタッフの若い女性がカウンターの向こうとホールにいて、対応の感じは悪くなかった。変化は思いのほか「許容範囲」だな。

それに、クリスマスイブだったのでコーヒーや紅茶にクッキーと八ツ橋が付いてきて点数加算。(関西人の僕はこういうオマケにめっぽう弱い)

お茶を運んでくれた女性に思い切っておばちゃんの消息を効いたら、大きな手術をしてもうお店に立つことはないが、デイサービスに行ったりして、たまにお茶を飲みにもきますよ、とのことだった。

休業し、店の改装が始まった時は最悪のことを想像したので、とりあえずホッとした。ここにお茶をしにくれば、また会えるかもしれない。

かつて元気な頃は背の低いおばちゃんが自分の顔の高さくらいあるカウンターから背伸びしてトレイを取って給仕してくれたのを思い出す。ここ数年は、ホールの仕事をスタッフに任せて客席の一角に座り、馴染みの客と駄弁るのが仕事になっていた。そして、とうとう「たまに来る客」のようになってしまった。それでも、彼女が常連さんと世間話をしたり、初めてのお客に静香という名の由来やお父さんからお店を引き継いだ話などを聞かせたりするのが何気なく耳に流れてくる、あの心地よい時間にまだ少しでも浸れる機会があるのなら、また行ってみようかな。

しかし彼女は、赤く塗り替えられたドアや窓枠をどう思っているのかな。。。

野花南西陣茶店跡コンサート

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今回はチラシを撒かないので、以前に堺町画廊でのものを使いまわしです。手抜きですんません。

 

来る4月21日(木)に北海道の友人、嵯峨治彦さんと嵯峨孝子さんのユニット「野花南」のライブを、去年まで茶店だった西陣の極小町家で開きます。

野花南は、ご存知の方はご存知でしょうが、馬頭琴と歌と語りを織り交ぜて聴かせてくれるユニークなパフォーマンスで、札幌を中心に活動しています。
詳しくはこちら↓を御覧ください。
http://tarbagan.net/nocanan/profile.html
4月21日(木)夜7時スタート

予約はメールでおねがいします。
okaponkoji+nocanan@gmail.com

●お名前、
●人数、
●連絡先(電話またはメアド。ただし携帯メールはPCからのメールを受けられること)

をお知らせください。15人限定の「予約のみ」です。

折り返し確認の連絡を差し上げます。

料金がちょっと高く3000円です。すんません。。。m(_ _)m
そのわかりに、一昨年のオシラサマ馬頭琴の旅の最後に、出来たての馬頭琴使って嵯峨さんに演奏・録音してもらった5曲入りのCDをおみやげに差し上げます。非売品なのでちょっとオトクかもです。

碗子(ワンズ) その2

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旅先で、のんべんだらりと時を過ごすのに碗子はピッタリだった。

しかし、母の世話などにかまけて最後の旅からもうずいぶん久しくなっていた。ただ、遠出はできないけど時間は湯水のようにあった。で、4、5年前に思いついたのが茶店の開業。旅に出られないのだったら旅先で入り浸った茶店をここにでっち上げ、碗子を出せばばいいのだと。

そして、来た客にダラダラと碗子や旅にまつわるウンチクを垂れる。まあ、楽しむのは僕であり、僕自身の暇つぶしとしてやっているものだから、客は 延々と駄弁りを聞かされ、碗子の具のようにふやけるまで湯を飲まされて、話と茶に辟易して帰る。というわけで、心や安らぐひと時を提供する喫茶店などでは 断じてなかった。

遊びに付き合わされた客はたまったものじゃなかったろう。そういう僕も、最近はさすがに飽きてきていた。旅先の碗子だって永久に居座って飲んでいたわけじゃない。いつかは宿に帰る時が来る。茶店もぼちぼち潮時かと。でも、それだけが閉店の理由ではない。

茶店を開店するにあたって、どうせなら材料や道具、店の設えには凝ってみたかった。そのためには手間を惜しまなかった。

例えば、かつて中国どこへ行ってもイヤというほど置いてあったのに、今ではあまり見かけなくなったという旧式の魔法瓶を上海の人に頼んで持ち帰ってもらい(割れぬように6本を手荷物機内持ち込み!)、それを四半世紀前のチベット・ラサ以来の友人に羽田で受け取り京都まで運んでもらった。そして彼ともう一人のラサ友と3人して神戸の南京町へ仕入れにも行った。清真食堂のあの白い茶器は見つからなかったけど、なんとか安物の蓋碗が手に入った。乾物屋の店中に無造作に置かれた袋詰食品の中から目当ての日なた臭そうなドライフルーツ類も見つけた。

たとえニセモノの茶店であっても、客が碗子のことを何も知らなくても、出すものはあの清真食堂で飲んだあの碗子に出来るだけ近づけなくちゃ、、、というこだわりがあったのだ(実際にはフルーツ類が若干豪華目に奢ってあるが)。

今更だが、、、ドライフルーツが日なた臭いのは大いに結構として、はて、干葡萄や、杏子、無花果などの果実がはたして大丈夫なのか?と、、、。かの国の農産物や食品の安全事情には、報じるメディアの偏向を差し引いても、疑うに足る不安を持っている。僕自身も旅の途中で、エゲツナイ量の農薬をを被った畑とか、人がペッペと痰を吐き散らかし、犬や子どもがウンチをする路上に直に置かれた野菜など、実際に目にしたものだ。

くだらないかもしれないが「本物」にこだわり、凝れば凝るほど、安物で怪しげな中国産のものでないといけない。そして不安を持ちながらそれを使うという矛盾が生じる。

しかし、やっぱりそれはイカンやろうと。そう思うと、もう自分でも碗子を飲む気が無くなってしまった。ましてや客になどすすめられない。(何を今ごろ、って怒られそ。。。m(_ _)m )

高価な、しかし信頼のおける無農薬・有機栽培のドライフルーツや茶葉を使う手もあるが、もうそれは僕の遊びの範疇から外れて真面目な仕事になってしまう。いい加減でインチキな遊びは楽しかったけど、それも程々にしておかないといけないな、と。

でした。ちゃんちゃん。。。

蓋碗