歴史を記録した写真や映画フィルムへの着色は必要なのか。。。

昨日、NHKの「カラーでみる太平洋戦争~3年8か月・日本人の記録~」を観たが、違和感が拭えない。

前々から、後に色を着けられることを意図して撮影されていないフィルムに、現場を見もしなかった者が勝手に、恣意的に着色していいのか、ということを何度が書いたことがある。

芸術作品としての映画でも、記録映画でも、撮影者の意図とかかわりなく、事実じゃない嘘の色を塗りたくることは著作物への冒涜である。法的な著作権がどうのというカネの絡んだ生臭い話ではない。撮影者と被写体になった人や物を愚弄する行為を戒めるのに期限や時効は更々関係がない。

そして受け手の問題。このような改変を行う者は「事実に基づき」、「正確に」色合いを再現すると言うだろう。そして、NHKは番組の中で何度か「カラー化して初めて見えること」があると言った。果たしてそうだろうか。我々は、火傷でただれた傷口を真っ赤に塗ってもらわないとその痛みが想像できないのか。特攻に使うにも満足な飛行機がなくやりくりして準備された機体のヤレ具合は色がないと見て取れないのか。白旗を担いうつろな表情で投降する少女の耐えた苦難や後ろ写る焦土のそのまた背後に広がる荒廃した沖縄に思いを馳せるのに余分な彩色が必要なのか。それほどまでに視聴者はバカにされているのではないか、と疑る話はちっとも聞かない。

仮にNHKの言うような「カラー化して初めて見えること」があるとしたら、それは、恣意的に着色され改変された歴史を何の疑いもなく「事実」として受け入れる人たちの愚かさだと思う。

番組の意図はそんな所にない、重箱の隅ではなく戦争の悲惨さを訴える番組の真意に目を向けるべきで、妙なケチをつけるな、と叱られるかもしれない。でも、本当にカラー化しなければならない理由など、愚民化以外に何かあるのか?

(マンガやアニメで「わかりやすく解説」と称する歴史本に胡散臭くいかがわしいものが多いのと似たものがあると思う)