昨日、雨ふれー、って念じたら、今日になって通じた。

2015-08-08 22.29.45Mod2015-08-08 17.42.06Mod 2015-08-08 17.42.47Mod 京大のカンフォーラに行ってゴリラのチーズケーキを食べ、それから一乗寺へまわり大西暢夫さんの

大西暢夫写真・映像展
『家族の軌跡』3.11の記憶から

を見ようと思ったら、原谷は雨。雷もなってるし、躊躇しているうちにカンフォーラが土曜日は3時までだってことが判明。スイーツ食いそびれてふてくされて雨の止むのを待っているうちに4時前になっちゃった。映画も間に合わない。。。

で、友人と明日、蕎麦を食いに行く相談のチャットしていて、彼女が出しっぱなしにした洗濯物を心配するので、僕は「雨は局地的だから大丈夫じゃない?」と自分で言った、で、そうか、止むのを待つ必要ないなと、はたと気がついて、表に出たら、止んでるやんかぁ。。。。

2015-08-08 18.45.03 HDRMod 2015-08-08 18.44.31 HDRMod

遅れてもいいから、とCiaoを飛ばして一乗寺のBIT CUBEへ。30分遅れだったけど、残り1時間は観れた。

観始めてしばらくし、津波被害者のひとりの婦人が、、、小さなアオガエルが被災した住宅の窓にひっ付いていたので、こんなところには餌もなかろうにと草むらに持っていったけど、翌日もまた来て、今度は水のあるところに持っていったらまた次の日も、次の次の日も来て、あれは行方不明の娘だったのではなかろうか、今は仮設住宅に移って来てしまったけど、カエルになっていてもいいから娘に会いたい、、、、と言った言葉が忘れられない。

大西さんの映像は、冷たく通りすがりに眺めるのでも、熱く遮二無二ふところに跳び込むのでもない、淡々と、しかしやさしく被災者を見つめる。スチールの写真家の彼は映像の技術が無いというが、そんなものは僕にとってどうでもよかった。もちろん彼にはカメラマンとしての自負もあるだろう。けれど、慣れない媒体だからこその緊張感が画面から見て取れるほうが、このテーマにはふさわしいと思った。

明日、蕎麦に行く友人を誘ってもう一度BIT CUBEに行くことにした。その友人はアール・ブリュットに造詣が深いので、さっきのチャットで「あれ、このひと、アウトサイダーアートの作品も撮ってない?」と言っていた。僕は寡聞にしてしらなかったが、大西さん本人に聞いたらそうだった。明日も大西さんは在廊だとのこと、僕はそっち方面はちんぷんかんぷんだけど、彼女には面白いかもしれない。

大西さんに、秋田の共通の友人からこの展覧会のことを教えてもらったと話して、オシラサマ馬頭琴の東北の旅の帰りのレグで秋田に寄ったこと、その後に岐阜のスープ屋さんちにも寄ったことなどを話したら、スープ屋さんとも知り合いだという。。。

おお、コテコテと繋がるなあ、、、 帰り際に別の知り合いにも会い、なんか、面白い午後だった。。。

ゴリラチーズケーキは終了なのでもうも無理だけど、今日行きそびれたもう一つの本屋さん中京の「レティシア書房」にも近々、、、いや、明日にでも行ってこよう。

2015-08-08 18.51.38 HDRMod 2015-08-08 18.51.07Mod

レティシア書房のかわりに、恵文社一乗寺店に寄り道して、外へ出たらもう真っ暗だった。

2015-08-08 19.24.58 HDRMod

On The Atomic Bombs

Like Perl Harbor remembered as the one most unbearable  grudge by Americans, Hiroshima and Nagasaki are regrettably remembered by Japanese. However, we don’t blame Americans; we just denounce the use of the atomic bombs.

You may not know how much exhausted Japan was shortly before the end of the WWII. There was only nominal military strength left to Japan then. Along with the long-run indiscriminate bombing over cities on the main islands and the landing operations and the battles of Okinawa and Iwo-jima had given Japan the fatal damages.

By August, 1945, it had already been obviously a matter of time for Japan to surrender. It is often said the atomic bombs hasted Japan’s decision to give up, but I don’t agree with the erroneous idea. They might have shortened the period of the war, if they did, only by a few days or weeks at most.

Just two atomic bombs killed more than 200,000 citizens, and would give the survivors intolerable pains from severe burns and radiation sickness that still last to this day.

The entire number of US’s war dead counts about 110,000 on the Pacific Theater throughout the WWII. So, it makes no sense at all that more lives of people (US soldiers) than the victims of Nakasaki and Hiroshima would have been lost to the landing operations and the following battles of the main islands of Japan.

I want Americans to come away with the idea that the mercy shots with atomic bombs saved people. They simply massacred.

——————————

Then, what was the purpose for the use of the atomic bombs? The answer is easy: the experiment. These cities, which hadn’t suffer extensive bombing with conventional weapons, were deliberately chosen as the targets so that the atomic bombs’ effects on intact urbs would be easily measured.

Did they need to give not just one but two satanic mercy shots? Of course not, but for the experiments’ sake, yes. “Little Boy” for Hiroshima was of uranium type and “Fat Man” for Nagasaki of plutonium type. Two different types of atomic bombs were tested in combat. (It was so easy even for the unarmed special B-29s, not escorted by fighters, to carry out the missions without having been intercepted by Japanese fighters, because Japan’s flying corps was near-extinct by then)

There was the predecessor atomic bomb called “Trinity”, which was detonated in the middle of a dessert in Nevada, demonstrated a mighty power of the nuclear reaction, but its result lacked information about its destructive ability against city buildings and radio-medical effects especially upon real humans.

The physical destruction was instantaneous but illness caused by atomic-bomb radiation lasts as long as the victim is alive and the radioactive damages on genes will be passed on beyond the generations…

I want you please to understand how inhumane the atomic bombs are.

夕立、こないかなぁ

暑いのでこのところ引きこもっている地下室には何故か広いベランダ(バルコニー?)がある。しかも高台なので見晴らしがいい。 う~む、矛盾するような表現やなあ・・・

ま、それはともかく、仕事の手を休めて外を見やると、向かいのお山にむくむくと積乱雲が湧き上がってきた。さっき雷とか鳴っていたから、ざぁっと一雨こないかな。

ベランダに出てみたらうちの上空にも雲がある。積乱雲だったらそのうち冷たい風を吹き降ろすだろうけど、外気はむっと暑いばかりで、そよとも吹く気配がない。早々に引っ込んだ。

2015-08-07 16.54.31MOD

 

 

正直であることの大切さ。。。。てか

武藤貴也という国会院議員はある意味「正直」で、
今のこの時期にその正直さは必要。

戦争反対の学生たちを攻撃し、
彼は「滅私奉公」を正直に説いている。

あれこれ嘘、詭弁を弄して戦争法案を通したい安倍政権も、近頃は衣の下の鎧を隠さなくなってきたが、武藤は鎧どころか、まだ懐に隠し持つ武器の使用意図を曝け出している。

今のこの時期にその発言はバカ正直の証拠。しかも、彼は自らが国会議員であることの根拠たる憲法を否定している。(武藤ブログ:三原則の否定

議員たる資格もない者が「正直」に愚かな発言をしていることが、実は今の政権のやっていることの非常に解りやすいひな形だったりする。

しかし国民に「解りやすい」のは政権にとっては困るので、こういう発言が出てくると、、、↓↓

政府与党の議員の立場を踏まえて発言してもらわないと。自分の気持ちは法案が通ってから言ってくれ。それで十分間に合う

ところが、これを言った麻生太郎もまた「法案が通ってから」なら良いなどと、全くもってバカ正直である。

一年生議員の山本太郎に突っ込まれてシドロモドロの安倍首相の答弁やミサイルは弾薬で弾薬は武器じゃないと言い張る中谷防衛相の厚顔無恥さも政権の危うさを現してはいるが、何故か国会内ではそれなりにまかり通ってしまう。

それよりも愚かなヤカラのタガの外れた場外発言のほうが安倍政権の正体を的確に炙り出してくれていると思う。

武藤くんには、口をつぐまず正直にあれこれ自爆発言してもらいたい。麻生や森などのアホ連中にもいろいろ援護射撃、いや同士討ちしもらいたいなあ。。。