ふた昔まえ、留学生仲間のひとりだったT君とインドのダージリンへ行った。(彼に付いては僕の自己紹介ページで少しふれている。)
冷涼で人の疎らなヒマラヤの王国Druk Yulからの帰り道、身分を隠しつつ慣れぬ環境を旅したことですっかり疲れ果てていた僕たちは、暑くて雑踏渦巻くコルカタ(カルカッタ)へいきなり戻る元気もなく、もう少し過ごしやすい場所を求めてダージリンに行き着いた。
好奇心旺盛なT君は泊まったホテルのオーナーの甥っ子だというシェルパのChewang少年とすぐに仲良くなって話し込んでいた。僕も会話に加わってあれこれ聞いたりしたんだろうけど、何を話したかほとんど憶えていない。僕は旅そのものにも、お互いの存在にも飽和状態になりつつあったので、外部からの情報を受け付けなくなっていたのかもしれない。案の定、T君もその好奇心とは裏腹に心理的に限界だったらしく、せっかく寄り道したダージリンのことをあれこれ悪く言い、ついには早いとこアメリカへ戻ろうと言い出した。結局僕たちはたったの二晩でダージリンを後にした。今から思えば、せっかく仲良くなった地元っちのChewangに、もっとあの街のこと、ヒマラヤのこと、シェルパの人たちのことなど、教えてもらえばよかった。おまけに是非乗りたいと思っていたミニチュアSLはストライキのため運休だったし、なんか今ではいろんかことが残念な気持。
先日、Facebookの友だち検索に「Chewang」と入れてみたら同名が何人もヒットしたが、ダージリン出身で今も在住は一人だけだったので試しにメッセージを送ってみたら、やはりあの時のシェルパだった。嘗てのほっそりとした少年は写真を見ると朝青龍を少し良い人っぽくした感じの大人になっていた。西ベンガル州の役人をしていて、奥さんとひとり娘があり、そして趣味はテニスとか。時代は変わる。
そのChewangがダージリンの紅茶を送ってくれた。茶葉の入った茶色の袋は封の代わりに糸で十字にしばられ、さらに金紙に包まれ、また糸で縛られていた。今やIT化、工業化でブイブイ言わせているインドから昔のまんまの包装のお茶が届けられ、時空間を彷徨うというのは大袈裟かもしれないけれど、一瞬のタイムスリップ感を味わうことができた。Chewangありがとう。
グローバル(ああ、嘘臭くてやなことばだ)にIT化が進んでネット上で彼との邂逅ができたわけだけど、ミニSLや昔風の紅茶包が消える前にもう一度ダージリンに行き、Chewangと本当の邂逅をはたすことができるんだろうかなあ、、、。