スウェーデンでKungsledenを歩いた後は物見遊山のオマケ旅のはずだった。だからノルウェーは、スカンジナビアのユーレイルパスがあるから、といった程度の「ついでに来た」国で、もっと言うなら、ドイツの友だちを訪ねるために南下する単なる通過ルート。ところがどうだ。。。日本を出るときには頭の片隅にも無かった季節はずれ(ここがミソね)のロフォーテン諸島とオスロの博物館・美術館は(個人的な趣味という意味で)大当たりじゃん!!!
オスロに来るほんの少し前、のんびり海を眺めたロフォーテン諸島での5日間でも未だそんなことは思いもよらず、まして博物館と美術館に行くためにここでの滞在をまた3日に伸ばすなんて考えもしなかった。。。
博物館で、実際に使われ後に埋葬に供されたバイキングの船やナンセンやアムンゼンが極地探検に使ったフラム号、太平洋を航海したバルサ筏のコンチキ号を見ると、この国が大昔から今に続く海の国だと知らしめられる。いや、その前からこの国の船については色々と興味をそそられていたから、オスロに着いてすぐ地図でこれらの博物館をみつけて観に行く段取りをした。そのことは前の投稿で少し書いた。
ところが、地図を見ていたら街の真ん中にムンク美術館と国立ギャラリー(美術館)もあって、ああ、これも行かないと、、、と。。。ともかく、オスロに着くまでムンクがノルウェーの画家だということもすっかり忘れていた。ていうか、ムンクのムの字も頭になかった。
で、ムンク美術館と国立ギャラリーのムンク部屋に行ってきた。後者では「思春期」の少女と再会。ベタにムンクと言えば「叫び」だけど、僕にとっては二十歳のときに彼女と出会って以来、この作品がダントツ。
45年前に初めて見た時、見開いた眼で僕をなじるような少女の視線は衝撃だった。でも彼女に責められる理由は解らなかった、、、。
彼女の背後に寄り添う不気味な影は、初潮を期に身体と心の変化を迎えた思春期の少女の不安を表しているとよく言われるが、ただそれだけのことをムンクがシンプルに扱うはずがない。彼の常套モチーフとしての血や吸血鬼をこの絵では描かず、観るものを安堵させておいて、イミジャリーの外に在るものを逆に意識させてる。が、まあ二十歳のときにはそんなこと考えもしなかった。
思いがけずの邂逅ではっきり見えたものもある。この黒い影の中に塗り込められた顔、、、苦しそうに、喘ぐように口を開き、上目遣いに虚空を睨んでいる。これは誰だろう。。。
今思うに、二十歳といえば思春期を過ぎてまだそう遠くない時期なのに、もう既にその時の僕は彼女との共通項を失っていたのだろう。汚れちまつた悲しみも何も感じることのない、ノーテンキな大人に成り下がっていたにちがいない。
だから 彼女から「お前のような者の住む世界には行きたくもない」と言われてしまったんだな、きっと。しかし僕は責められる理由もわからない情けない半大人だった。
彼女は自分の変化に恐れ戦いているだけなのかもしれない。しかし、その表情、とりわけ視線が、ノーテンキのくせにどこか後ろめたい二十歳の僕にとっては刺すように痛かった。(ちなみに、影の中の顔は、当時の僕にも見えていたような気もするが、後付けの記憶かもしれない、、、いずれにしても、あの時は視線を痛みとして感じるほうが勝ていた。)
15歳の時に映画「太陽のかけら」を観て、純粋に、、、というか単純にKungsledenの風景に憧れ、僕より少し年上の青年と更にもう少し年上の女性とのぎこちなく不安定な恋愛や、大人になった青年の追憶の旅を「かっこいい」と感違いしてスウェーデンへ行くことを夢見た。
はたして50年後にKungsledenを歩いてみて、その映画の背景にあるスウェーデンの戦争への関わりや悔悟、ストーリーの行間に埋め込まれたユダヤ、サーミのことなどが、僕なりの解釈ではあるけれど、ある纏まりをもって帰結した。
しかし「思春期」の少女がいずれ否応なしに背負う(または取り込み、取り込まれる)であろう不可解で不気味なモノ、つまりアレゴリーとしてムンクが描いたどす黒い影のイコノロジカルな解釈は、まだ僕にはできない。ていうか、一生できないだろう。
幼少期から社会に上手く適合できない子どもだったうえに、さらに思春期の心と身体のアンバランスにより生み出された不可解で不気味な不安はムンクが抱えていた心の問題ほどではないにしろ、僕にもたしかにあった。
僕自身がそれを飲み込んでしまう前ならムンクの意図をこの少女とその影を通して客観的に観察できたかもしれないが十代の僕には荷が重すぎただろう。絵を観た二十歳の時はすでに僕自身の「旬」を過ぎて眼は濁り感性は鈍り始めていて、かろうじて痛みとしてだけ受け止められた。今ならあれこれ解釈する力は有るかもしれないが、こんどは、観察者である僕自身がすでにどろどろを呑み込み観察対象と同質化してしまっていて、客観的なイコノロジー解析は不可能じゃん。。。
なんて、空虚な堂々巡りの対話を自分と、そして絵の中の少女と交わしているうちに国立ギャラリーの閉館時間になってしまった。
本当に「青春」とか「思春期」と呼べる短い期間の初期に観た映画が元で始めた旅を、まさにその期間が終わり大人の入り口に足を踏み入れようとする時に観た絵画と再会して締めくくることになるとは、、、
Oh, I wish I could find a way to translate this post.
Google will do, maybe?
This post was a little too emotional and therefore difficult for me to deal with English. Even for Japanese, this post is hard to grasp the context– it’s because even I, the writer, didn’t quite understand what I was talking about…
After all, I met this painting by Munchi when I was 20, and forty-five years later, I saw this again in Oslo, again…