馬頭琴弾きのネルグイさん

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Photo by 西村幹也(NPO法人しゃがぁ)

20年も昔のこと、北海道に居た頃にモンゴルへ旅したことがあった。相前後して札幌在住ののど歌・馬頭琴奏者の嵯峨治彦さんとコンサートで知り合った。彼の洗練された演奏で紡ぎだされる繊細な馬頭琴の音色に聴き惚れてしまった。それが僕の馬頭琴との因縁。

しばらくして嵯峨さんからモンゴルのゴビに凄い弾き手がいると聞かされ、その手練の演奏ビデオを見せてもらった。アゴが外れそうになった。自由奔放、いや、奇想天外な弾き方、野生の牡馬がいななき跳ねまわっているように踊る弓、吹き荒れる嵐のような音は、モンゴルのナーダムで聴いたのとも、嵯峨さんのともまるで違う、まさに衝撃の演奏だった。

程なく僕は7、8年住んだ北海道を離れ、京都に帰った。それから何年かが過ぎても、エレキ馬頭琴なるゲテモノをでっち上げたりしつつ、僕はまだ僅かながらも馬頭琴に関わっていた。そこへ件の名人、ネルグイさんが来日するというニュース。モンゴル人間国宝級の腕がありながら故郷のゴビでくすぶっていたネルグイさんを発掘し、あのビデオを撮った研究者の西村幹也さんが招聘し、日本各地を周られたのだ。

最初の来日の時、事情があって僕は京都から北海道の十勝まで足を運んで、初めてネルグイさんの生演奏を聴いた。ビデオ収録から数年が経ち、また日本各地を巡るツアー後半のライブだったからか、錆が落ち油の回った腕前はさらに冴えていた。しかもあの骨太な演奏のパワーはまったく失われていなかった。加えて、演奏中に目の前の客の頭を弓でコツンとつついてからかったりするお茶目な振る舞いや、酒とカワイイ女の子が大好きなその辺に居そうな田舎のオヤジ的性格も、ネルグイさんの魅力として会って初めて知った。

一方の嵯峨さんもさらに腕に磨きがかかり、モンゴル曲の掘り下げに留まらず、ジャンルを超えた音楽家との交流を深め、以前にも増して演奏技術や音楽性の洗練が進んでいた。驚いたのは、常づね繊細で正確な音作りをする嵯峨さんが、奔放なネルグイ奏法を完全にマスターする技量の幅も兼ね備えていたことだ。ネルグイさんとは好対照のその涼しげな風貌と透明な音色に加えて、野生の逞しさ、ゴビの土の匂いまでも纏とって、嵯峨さんはいつの頃かネルグイさんから直々に後継者と認められるようになっていた。

話をもとにもどそう。ネルグイさんは初来日から数年間、毎年のように来日して日本中をコンサートツアーして回わられたが、ここ何年かは音沙汰がなく、ファンとしては寂しい限りだった。そこへ、ネルグイさんを日本に紹介した西村さんがネルグイさんをゴビに再訪してCDやDVDを制作しているということをつい最近知った。

最初のビデオでネルグイさんの演奏に破壊的衝撃を受け、次に実際に会ってその人となりに魅了された。ネルグイさんとの縁を結んでくれた嵯峨さんと西村さんに心から感謝している。今度はどのような驚きがもたらされるのだろうか。新しい音源や映像の公開を待ちわびながら、さきほど西村さんが立ち上げた制作費調達のクラウドファンディングに微力ながら協力したところ。ぜひ実現してネルグイさんの新しい魅力を紹介してほしいと願っている。

クラウドファンディングREADYFORの記事はネルグイさんの魅力について良くまとめてある。ファンディングに参加するしないは別にして一読されることをお奨めする。

2012年夏の演奏