映画「Kungsleden」(邦題:太陽のかけら)、その1

2016-09-15-18-53-35mod

KungsledenとはKing’s Trail、つまり王の小道。ガイドブックなどでは「王様の散歩道」などと訳される。しかしTrailとは踏み分け道のことだから歩く道には違いないが「散歩」などという響きはどこにもない。実際、スウェーデンで100年以上の歴史を持つトレッキングロードであり、よく整備されていて難しい登山技術や装備は必要ないが、決してぶらぶらと散歩するような遊歩道ではない。

さて、僕が映画「太陽のかけら」(原題”Kungsleden”)を観たのは中学3年生のころで、すでにその頃から独りで京都北山を歩くのが好きだったから、外国の山歩きの映画を観ようと、やはりハイキング好きの同級生や一緒によく映画を見た(後で述べる別の下心ありの)友人たちと誘い合わせて出かけていった。

映画の公開当時(50年前)はトレッキングという言葉は日本ではまだ使われていなかったし、また、日本で山歩きといえばほぼ必然的に、高低にかかわらず山の頂を目指す登山ということになっていた。当時の北山は笹が多く藪漕ぎが当たり前だったから、まさに視界を遮る緑の中に分け入るように登ったものだ。森林限界より上の岩肌が露出したトレイルを歩こうというのなら、中部地方の日本アルプスや北海道の大雪山系に登らないといけないが、京都の中学生の僕にはまだまだ遠いところだった。

しかしこの映画では、氷河の削った裸の岩稜の下、樹木の生えない広々としたU字谷の底に延びる比較的平坦なトレイルを山小屋に泊まりながら主人公が歩く。その情景は僕にとって非常に衝撃的であり、たちまち憧憬の対象として脳裏に焼き付いてしまった。

ただ、正直に白状すると、毎朝のように鼻血を出すようなエネルギーの溜まりまくったガキだった僕も、ハイキングや映画好きの同級生たちも、映画「太陽のかけら」鑑賞の目的の半分は「どうやらセックスシーンがあり、しかも18歳未満の入場制限がないらしい!」という、全くもって不純なものだった。

当時、うちは喫茶店をやっていて、店には「平凡パンチ」という青年向け週刊誌が置いてあった。週が変わると古い号をもらって部屋に溜め込んでいたので、よく同級生が何人も部屋に来ては記事を読みつつ、ちらちらとヌードのグラビアを鑑賞したものだ。それが、動く映画の画面で見れるとなれば、小遣い叩いてでも行こうということになるね。。。その頃の大人だって、今から思えばオボコいもんで、スウェーデン=フリーセックス、スウェーデン映画=ポルノ映画(ポルノって言葉もあったかどうか、、、「ブルーフィルム」だったか?)くらいの認識しかなかったはず。

しかし大いなる期待に反して、残念ながら(笑)「太陽のかけら」で肝心のシーンはカットこそされていないものの、フィルムのネガ・ポジを反転して何が何だか判らない映像となっていた。。。そりゃ、18未満OKにもなるな、、、。

それでも、その邪な期待のガッカリを補って余りある映画全編にわたるKungsledenの雄大な景色に、心底しびれて帰った。

いつか、あの道を歩きたい。。。

そう思ってから早50年!!! その間、何をやっていたんだろ?いや、実は高校生になって間もなくの頃に渡欧(もちろん目的地はスウェーデン)を目論んだことはある。ただ、まともにヨーロッパまで飛行機で行けばたしか片道で27、8万円だったと思う。当時の27万円は今ならいくらなんだろう。ともかく、とてもじゃないけど高校生には無理。シベリア鉄道なら安いだろうと調べてみたら、旧ソ連時代はウラジオストクが軍港で閉鎖都市だったのでナホトカまで不定期の貨客船で行き、飛行機に乗り換えてハバロフスク、そこからやっと鉄道でモスクワへという「パック旅行」しか切符の手配ができず、10万円くらいの値段が付いていた。。。しかも帰りは別料金。。。

普段ダラダラしてる僕は、今日思い立ったら(好きなことだけは)明日にも行動したい、そういう性格なので、用意周到に計画したり、そのために地道に貯金をするなんでことが出来る人間じゃない。もとより努力などしないから、たちまちシベリア鉄道による渡欧計画は頓挫し、いつの間にかKungsledenの小径は夢の中で彷徨うだけのまぼろしとなってしまった。

その後、半世紀を経て映画の舞台となったKungsledenの半分弱を歩くことになった。それについてはこのブログで8月22日以降に大量のテキストと写真をポストしている。
(Kungsledenの旅 目次)

肝心の映画については、DVDを入手したがスウェーデンのものなので当然字幕はなく、セリフの理解は不可能。ただ、50年前に観たときはまだ青二才のガキだったけど、複雑に交錯する過去と現在、現実と幻想の入り混じったストーリー展開の割にはよく憶えている。しかしそれをここに書き出すのは難しい、、、と思っていたら、救う神あり。下記のサイトには、パンフのあらすじに観た人の記憶を元に書き加えた、かなり正確な描写の文章が載っているので参考にされたい。

武蔵野日和下駄
http://d.hatena.ne.jp/toumeioj3/20080121/p1

次回は「その2」として、映画の面影を求めて訪れたKungsledenで思わぬ「すれ違い」が待っていた、という話。

P.S. 下の写真の末尾にYoutubeで見つけた映画「Kungsleden」のトレーラー動画を埋め込んである。何故か白黒だけど、、、しかも暴力的なシーン。。。この場面は重要だけど、もうちょっと違うイメージの映画だ、と付け加えておく必要がある。。。

さらに、もうひとつ、、、公開時に日本では独自に(勝手に?)バックグラウンドの音楽が差し替えられていた。もしも、この映画を記憶している人がいたら、おそらくこの動画とは違う曲(アルトサックスだかクラリネットだか、、、哀愁のあるメロディーだった)が耳に残っていることだろう。

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Youtube動画↓は(1954)となっているが(1964)の間違い。

 

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