遠野郷八幡宮でのコンサート。
八幡宮さんからフライヤーが送られてきた。
■8/30(日) 18:30〜 入場無料
■出演:
嵯峨治彦さん、Cosmysさんたち、昔話の語り部さん、と僕、岡本康兒
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あ、自分のトークのハンドアウト作るのすっかり忘れてた!プロジェクタがあればいいんだけど、ダメらしいので資料を配布すると、、、。はて何を書こうか、、、 つか、何を話す?
盛岡から来ていた息子が置いていった南部煎餅(っても、クッキーだけどね)。岩手を旅した去年の秋、あっちこっちで南部煎餅を食べた。懐かしい。
たった2枚しかない。。。
で、食べる前にオシラサマ馬頭琴を呼んできて写真撮影。
この夏の終わりに岩手に行くのでまた食べれるな。あ、その時は遠野で明がらすも。
This is one of my favorite videos.
The artist’s fun-loving disposition shares something with mine, I suppose, though I only know her through this YouTube clip.
When making fake Tibetan prayer wheels at grad school in the ’80s, I’d come up with an idea to install a small record disk with a stylus or a looped strip of magnetic tape with a pickup head, either of which was supposed to be driven by the rotation of the mani cylinder. With the built-in gimmick that could utter the recorded voice of chanting mantra in place of a sacred script, the fake mani wheel would have become the real MacCoy.
For some reason, however, I didn’t acturally realized the idea. But today, after a couple of decades, I have become pretty much inspired by this hilarious piece of art and getting renewed my motivation to do my long-forgotten work.
A work from c.1989 when I was contracting “wanna-go-to-Tibet” disease. An almost-nonsense “Fake Tool” I made at UW-Madison.
1989年前後、チベット行きたい病に罹患していたころの作品。UW-Madisonで作ったほとんど意味ない「偽道具」。
A work from c.1989, one of my earliest Tibet-related “Fake Tools”. Unfortunately, the rechargeable battery cells have gone dead and must be replaced. The next uploaded movie will hopefully be of the rotating mani wheel in action.
1989年ころの、僕のチベット関連「偽道具」でも最初期のもの。残念ながら充電池が
花背別所に行って、放ったらかしにしてあった物置から昔履いていた古いHans Wagner(今はHanWag)の登山靴を探しだそうとした。
でも、屋根が破れた物置の中の物は半分が土に還ろうとしていた。そんな中で昔の連れ合いの誕生プレゼントに作ってあげたティースプーン・ラックは運良く雨のかからないところに在って色や形をとどめていた。
深い泥の中から発掘した物はアメリカで学生だった頃の立体作品、『スペース・チェア』の一部分と、もうひとつは訳すのは憚られるので英語のタイトル:”Artificial Vagina”。どちらもステンレスが禍々しく輝いて、美しく且つ機能する「機械」だったけど、もはや見る影もない。。。いや、これはこれで無常感が溢れていてエエか。。。とも思ったが、やはり悲しい。自分の子どもの墓を暴いたような気分。
小屋の奥には後ろ半分が腐った木製山スキーの傍らに十代のころ使っていたウッドシャフトのピッケルがあった。アイゼンは見当たらない。腐り果ててしまったのかも。目当ての登山靴も出てこない。。。
さらに掘り進むうちに出てきたのは紙粘土の塊みたいな物体。折り重なった層を剥がすと、、、ああ、、、何ということか。青春の思い出、サイモンとガーファンクルの初期のレコードアルバム『Wednessday Morning 3 A.M.』。そしてP. サイモンのシングル『Slip Sliding Away』が。。。なんてこったい!サイモンのこちらを見つめる目に心が痛い。
『Slip Sliding Away』の歌詞を少し思い出した。なんかやるせない無力感に満ちたものだったな。サビは「あのね、目的地に近づけば近づくほど、ずるずると滑り落ちて行くもんなんだよ」というもの。(「そっと、音もなく去る」という意味もあるけどね)
思いの詰まった物たちが滅びつつあるのを目の当たりにして心はどんどん落ち込んで行く。あれだけ掘れば埋もれた登山靴までもう少のところまで近づいていただろう。けど、今日はもう、とても続ける気になれなかった。