「日記」カテゴリーアーカイブ

Debian GNU/Linux again

I got an old PC given to monkey around with, and was taken aback– finding out things had changed so much and other things stayed the same as they were. I have completed the installation with nostalgia. The distribution of Linux for me by all means must be stubbornly conservative and fundamentalist “Debian GNU/Linux”; not popular Ubuntu.

古いパソコンをもらったので久しぶりにLinuxで遊んでみようと思った。そしたら、昔とずいぶんと事情が変わっていて面食らったり、意外と前のままが残っていたり。懐かしく思いながらインストールした。僕のLinuxディストリビューションは人気の「Ubuntu」じゃなく、やっぱり頑固なまでに保守的で原理主義的な「Debian GNU/Linux」でなくちゃ。

追記:
懐かしさに駆られて、昔ながらのCUIインストールでやってみたが、無線LAN関連の周辺機器の認識が上手く行かず追加ファイルやパッケージがダウンロードできないし、GUIでも同じ。途中で面倒な事いろいろ聞いてくるのは、やっぱDebianらしい、、、だめじゃん、昔みたく1週間も徹夜してLinux入れる元気ないし。

おや?ふとみると「Advanced opthions」の中に「graphical automated install」ってのがあって、試したらほぼ全自動でインストール無事終了。10年前の古い機械でもさくさく動く!


The Okamotos

When I was a teenager, my uncle showed me an old photo (c. 1930) of the Okamotos– my grandpa, grandma, aunties, uncles, and my mom.

I borrowed the photo and copied it, using a camera close at hand with low quality film. The out come wasn’t too good– the original photo had severe cracks and the copy turned out with terrible granular noises all over– but it still managed to retain the folks’ images.

I returned the original to my uncle, and have never seen it anymore. I once asked him if I could copy the photo again, this time in better quality. The one he showed me was the very copy I had given him along with the original print. Now the uncle is too old and perhaps cannot remember where he put the old photo away.

My mom, the youngest of the three daughters,  loved the photo because it showed each of her family members so nicely, so that I retouched the cracks, blew up and made a photo panel of it for her. She’d put that on a shelf of her bedroom. When she died, I put the paneled family photo in her casket at the funeral before cremation.

I regret not having done a better job in the first place…

 

 


Something I Ate Yesterday

下鴨 宝泉 わらび餅

昔の職場の縄張りの中にあるんだけど、わらび餅については数年前に友人から教えられるまで知らなかった。とろりんぷるーんの食感はその友人がべた褒めするだけのことはある。ちょっと暑い日だったのでこういうものは最高だな。客が来てから練るので時間がかかる。できるまでの間に出てくるほうじ茶とツマミの黒豆もまた美味い。ここは茶寮だが本店の宝泉堂はもともとお豆の菓子屋さんだった。

 

田中 満月 本店 阿闍梨餅

言わずと知れた阿闍梨餅。タイミングよくホカホカ温かい出来たてだった。店を出て直ぐ食った。んんま!たまらん。本店じゃなくても、出町の枡形商店街にある販売所でも運が良ければ温かいものが手に入る。ま、オーブントースターで焼きゃええのですが。(高校の後輩が「あじゃら餅」と発音していたのが今も耳にのこっている。関係ないけど)

 

堺町 月ヶ瀬 桜抹茶クリームあんみつ

よく行く堺町画廊の少し北。簡単に見落としてしまう路地の中にある。品の良いおばさんがひっそりやっている。ぜんざい、亀山も食いたかったが、季節限定の桜餡に負けた。友人は粟餅ぜんざい。(京都の「ぜんざい」は濃い「おしるこ」のようなこし餡のこと。亀山とはつぶあんで関東の「ぜんざい」のようなもの)

 

柳の馬場 Yu La La ラオス料理

ラオスに長く住んでいたカップルの店。僕が通った幼稚園と中学校の学区だった地域にある。店の前の鉢植えバナナは堺町画廊のジャングル庭からのもの。料理はめちゃうま。タイ料理とも違うが、名前や味付けにその影響はある。

野菜、タケノコ、豚バラのスープ。とろみがある。名前忘れた。

 


ドナドナ チンクエチェント

ドナられるチンク嬢は、それでも笑顔だった。

ある晴れた昼下がり、Fiat 500で友達を迎えに行く途中、京都御所の横でクラッチペダルを踏み込んだとたん「ガスッ」っと音がして、ペダルが戻らなくなった。瞬間的にクラッチケーブルが切れたと思い、降りて押して路肩に停めた。

写真のワイヤ先端はペダルのアームから外れているが、切れたと思しき場所はその反対側(エンジン側)

先日、前輪の懸架と操舵回りを整備して「クルマとしての機能はうちに来て一番完成度が高い状態」と豪語したばかり。後ろのタクシーのクラクションをトホホな気持ちで背中に受ける。

運悪く交通量の多い烏丸通で、中立売御門の直ぐ横だったので、エンジンフードを開けているだけで、行き過ぎる車と外国人観光客の見世物と化してしまった。こんなところで、またFiatの床下に潜り込むのはとっても恥ずかしいし、何より危険だし、、、

ほんの2〜3km先で待っている友達に地下鉄で来てもらい、JAFのトラックでFiat 500と共に原谷の家まで運んでもらった。

しかし、カメラの人、たのしそうやな。何でそないに人の不幸が嬉しいんや?(笑)

 

追記:
一夜明けて、さっき家の前でもぞもぞと潜り込んだら、ケーブル切れではなくケーブル調整ナットが欠落していることが判明。
「はぁ?・・・」
レバーから外れた長ネジのロッドが虚しくブラブラしているだけ。(これであれば、通常のナットとワッシャーを調達できたら、応急的に走って帰ることも可能だったんだが、、、でも路上で車の下に這いずり込む勇気はなかっただろうな)

調整ナットは僅か500円の部品。故障車の移動はJAFの会員でなかったら2万円ちかくかかるところだった。

画面左下の白いネジがクラッチケーブルの先端。右側のバネが付いた部品がクラッチレリーズレバー。これらがつながっていないといけないのに、、、

「Fiat乗りた〜い!乗せて〜!」という友人のリクエストでチンク嬢を引っ張り出したのだけど、嫉妬されたか?
路上で駄々こねてるときも、ワイヤーで曳かれてトラックに積まれるときも笑顔。でもその下に隠された心の内は、、、そう思うと何があってもパッチリお目々と微笑む口元はちょっとコワイかも。。。


Fiat 500のステアリング

先日来から続いている足回りとステアリング整備の最後の仕上げは自分でやった。Fiat 500は古い車なので、近頃は少なくなったウォームギアを使ったステアリング機構を持っている。ウォームギア(図の18)はウォームセクター(図の17)と共にステアリングコラム(ハンドルの軸)の先にあるオイルバス式のギアボックスの中に組み込まれている。これが曲者、、、

Haynsの整備手引書”Fiat500 Owner’s Workshop Manual”

先日、キングピンのブッシュ(前輪舵取り軸受のメタル)が摩耗してたのを整備工場で修理してもらい、直進性は見違えるように良くなっていた。それでも直りきらなかったのがハンドルの「遊び」の多さ。10°〜15°の範囲で全く抵抗のないフラフラの遊びがあり、その両端でコツンと手応えがある。

このフラフラ・コツンはウォームギアのバックラッシュ(歯車間の僅かな隙間)が大きすぎるためで、整備手引書によると、偏心ブッシュ(図の28)を回すことでウォームホイールの軸をウォームギア側へ寄せて調整するようになっている。

ネジを2本緩めて、偏心ブッシュを止めているプレートを少しずらすだけでなので、夕方から前輪の間に仰向けで頭を突っ込んで作業を開始した。(車に轢かれてると近所のひとから感違いされそうなので、身体の周りに大げさに工具をぶちまけておいた、、、)

床下の窮屈な場所で苦労しながら、やっとのことでネジを緩めてプレートの調整限界一杯まで回し、這い出してハンドルを調べてみたが遊びは取りきれていない。今度はボルトを抜いて、プレートを浮かせてスプライン(軸に付いている周り度目のギザギザ)の溝を一つずらし、もう一度調整限界まで回してやった。

ギヤボックスのハウジングにはネジが切ってあり、ボルトはそれを貫通していて、更にご丁寧にスプリングワッシャーと緩み止ナットが締めてある。三日月レンチとアーレンキーで僅か数センチのボルト・ナットを一本外すだけで何分もかかる。

抜いたボルトをまた苦労して復旧し、床下から這い出してハンドルの動きを確かめると、リンケージに由来するわずかな遊びはあるが、ウォームギアのバックラッシュによるフラフラ・コツンという感じではない。しめしめ、大成功!

油まみれの手を洗い、服の汚れを叩いて、いざ試運転。。。

あれ?ハンドルが回らない。いや、めちゃくちゃ重い。小さくなった遊びを越えるといきなり尋常じゃない手応えで抵抗がある。もとよりパワーステアリングじゃないけど、これじゃ走れない。。。

実は先日、整備工場の社長から、ウォームギアを締めすぎるとハンドルを切ったときに復元力が無くなって云々(「でんでん」じゃない)と聞いていた。しかし、これは「復元」どころかハナから回らないのだ。。。

家の前から路上に出ることもできず、(;´д`)トホホ…な心でまた床下へ、、、

今度はネジを外す必要のないことだけが救いだ。それでもボルト・ナットを緩め、プレートを少しずらし、締め戻して仮止めし、這い出してハンドルの重さを確認し、また床下へ、、、を何度も繰り返しているうちに日が暮れてしまった。

でも、その甲斐あってFiat 500は見違えるほど素直になった。先日、整備工場で足回りの安定性は直してもらっているし、今度のステアリング機構の調整で、クルマとしての機能はうちに来て一番完成度が高い状態にある。

ハンドルの遊び調整、Before/After↓

嬉しくて晩飯も忘れて夜のテストドライブに出かけた。↓
(タイムラプスなので、車酔い注意!)