この夏ごろから冷えたエンジンを始動する際に、スターターモーターの回転と同時に「プシュッ、シュッ」というオナラみたいな変な音がし始めた。寒くなってヒーターをオン(つっても空冷エンジンの冷却空気を室内に導くだけだが)にすると排気ガスの臭いが室内にたちこめるようになった。
これは危険な兆候。一つには人体に直接危害が及ぶCO(一酸化炭素)中毒の問題。これは命に関わる。もう一つはエンジンの不具合。具体的には排気ガスがどこかから漏れてエンジンを覆っているシュラウド内部に入り込んでいる問題。後者を直せば必然的に前者の危険は無くなる。
さて、その漏れがどこに起きているか、、、。以前、排気マニフォールドのガスケットが吹き抜けて、排気ガスが漏れたことがあった。しかしこの場合、騒音は甚だしいが、排気エルボー(マニフォールド)とシリンダーヘッドの結合部はエンジンシュラウド外に露出しているので、外気より内圧の高いシュラウド内部に吸い込まれることはない。
プッシュロッドのチューブとオイルリターンチューブのシール漏れで、にじみ出たエンジンオイルがシリンダーフィンやエンジンブロックに熱せられて煙になるケースも考えたが、室内に充満する臭いは排気ガスのそれなのでこれも除外。
残るはシリンダーヘッドのガスケットが吹き抜けている場合だ。あの「プシュ」はガスケットをすり抜けた高圧の燃焼ガスがシリンダー上面とヘッド下面に掘られた「溝」で捉えられ、ヘッドにねじ込まれた中空ボルトから排出される音だったんではないか?それにしても、その安全機構すらすり抜けてシリンダーヘッドの外側にまで漏れ出ているのだから、状況はあまり良くない。
果たして完全にガスケットが変形したり破れたりして本当に「吹き抜け」ているのか、あるいはいつの間にかシリンダーヘッドを締め付けているナットが緩んで隙間から排気ガスが漏れているのか、、、。後者ならヘッドの増し締めで「直ることもある」が、そもそもヘッドを外さないのだから状況の確認すらできないので、傷んでしまったガスケットを上からいくら増し締めしても詮無いことだ。よしんばナットの緩みだとしても、一度できてしまった抜け道にはカーボン等が付着してガスが通り安くなっているから、一旦は漏れが止まってもいずれ再発する可能性は否定できない。早晩漏れが起きるのであればいっそここはシリンダーヘッドを外してガスケットの交換をすることにした。
一般にシリンダーヘッドを外すのはちょっと厄介な作業だが、幸いFIAT 500はエンジンを降ろさなくてもOK。シュラウドすら外さなくてもシリンダーヘッドとその上のロッカー機構(タペット)を上に抜き取ることができる。ただ、エンジンの裏側にある排気エルボーのボルトを抜く作業はやはり面倒。それに加えて、ここ最近は僕自身の首の不調で指先が痺れて箸や鉛筆すらまともに使えないし、右手右腕が満足に動かないので電動工具も片手で持てない。手工具の扱いもあやしいから、小さいとはいえエンジンを抱えるようにして、後ろに隠れたボルトを外すことはほぼ不可能。
そこで、いつも手に余る仕事をお願いしている近所のグッド自動車に頼んでみた。ところが、年末のここに来て明日から暫く寒波が襲来し京都でも雪が積もるという予報で、ただでも忙しい時期に、タイヤ入れ替えが殺到して、とてもFIAT 500まで手が回らない様子。(僕より年上の社長さん、、、いやオヤジさんが自らチンクのようなオールドタイマーを診てくれるのは商売というよりほぼ趣味に近い。商売が忙しい時期に趣味に時間を割いてくれ、とはとても言えない)
今朝も電話をもらって「一旦預かって代車を出すが、合間合間にしか作業ができないから、年内に直せるかどうか、、、」と。儲けにもならないチンクの修理に気を揉んでもらっているのが、こちらとしても申し訳ない。それで決心。シリンダーヘッドの増し締めなら排気系をいじらずに自分でもできる。それで漏れが止まる保証はないし、直ってもまた漏れが再発する可能性もある。それでも、いつも世話になりっぱなしのオヤジさんに心置きなく仕事に専念してもらうためにも、ここは一つ自分でやれることを先ずはやってみるしかない。
やることは簡単。(必ずしも以下の順序でやったわけではないが)
シリンダーヘッド増し締め
- プラグコード、点火プラグ、タペットカバー(ロッカーカバー)につながるゴムホースを取り外す。(シュラウドのプラグアクセス孔はウエス等で塞いでおく)
- タペットカバーを固定するナット、ワッシャー(鉄と樹脂)、パッキンを取り外す。(オイルフィラーキャップは付けたままでOK)
- キャブレターのリンケージアームを外し、キャブレター下部のナット、ワッシャーを外して、キャブレターを取り除き、その下のインシュレーター、ガスケットも取り外す。(エアクリーナーからのパイプは外すが、スロットル、チョークのケーブル類、ガソリンホースはキャブレターに付けたままでOK。吸気孔にナット、ワッシャー等を落とさないこと。)
- ロッカーシャフトを固定するナット(13mm)を外し、タペット(ロッカーアームAssy)をロッカーシャフトごと上方へ引き抜く。
- シリンダーヘッド固定ナットを増し締めする前に、一旦全てのナットを緩める。(すでに締め付けトルクにムラが生じているのは明らかなので、ヘッドの歪を取るためにもいきなり締め込まない)
- トルクレンチを用いて指定された順序で、先ず2.5kgf・m(24.52Nm)のトルクセッティングで仮締めをする。
- さらにトルクレンチを3.3kgf・m(32.36Nm)にセットして本締め。指定順序で一周してから再度、同じトルクで締め付けを確認。
- ロッカーシャフトを元の位置に戻し、ナット(13mm)を2.1kgf・m( 20.59Nm)のトルクで締め付ける。(片方を一気に締めず、均等にトルクを増していくほうが良い)
タペット調整
- 19mmのレンチをダイナモ(オルタネーター)プーリー軸のナットにかけて時計方向に回し、クランクシャフト側プーリーの合いマークがエンジン側の矢印マークに対向するまで回す。その位置が片方のピストンの上死点。(反時計回りはNo Good!)
- 2つのピストン/シリンダーの内、上死点になっている方のロッカーアーム(給排両方)の、タペットアジャストナットを緩める。0.15mmの隙間ゲージ(フィラーゲージ、、、本当はフィーラーゲージ)をバルブのステムエンドとロッカーアームのスリッパーの隙間に差し込み、前後させて動きがシブくなる位置にタペット調整ボルトを回す。ボルトの位置が決定したらボルトの頭をラジオペンチ等でつまむか専用のレンチで固定しながらナット締め付ける。調べてみたがトルク不明のため手の感触、つまり山カンで1kgf・m(9.8Nm)ほど。ナットを締め込むと若干隙間が変化するので、必要に応じて調整を繰り返す。
- 一組(給排)のタペット調整が済めば、再度クランクシャフトを時計回りに1回転させ、もう片方のピストンの上死点を出し、上記同様にタペット調整を行う。
- キャブレターインシュレーター、ガスケット、キャブレター本体をナット、ワッシャーで取り付け、リンケージ、エアクリーナーからのパイプ、も復旧する。
- タペットカバーを復旧し、13mmのナット、ワッシャー(金属と樹脂)で締め付ける。(トルク不明のため山勘で、強すぎない程度に締め付ける)
- タペットカバーのブリザーホース、点火プラグ、プラグコード、エアクリーナーのフタ等を復旧する。
FIAT 500のタペット調整はこの↓動画で見れる。イギリス英語は僕でも聞き取りが大変だけど、やってることは同じなので、見るだけでも参考になると思う。
例によって、午後遅くから始めた作業は日が暮れても終わらず、しかも途中で雨が降る始末。それでもなんとか形態的には元に戻った。後は機能が回復しているか、、、
試運転
さあ、おかしな部品が残ってないか?ネジの締め忘れは無いか?(っつっても、もうタペットカバー閉じちゃってるしなあ、、、(笑)
慎重に、ていうか恐る恐るスターター・レバーを引いた。一発始動。「プシュッ」は無い。排気ガス臭くもない。「うをっ! 音が違う!! 「そうそう、前はこうだったなあ(遠い目)」。音は、異状が発現してから症状の悪化がゆっくり進んだもんだから、それに少しずつ慣れてしまい、気にならなくなっていたのだろう。暖気アイドリングの状態で、もうこれは大丈夫という自身が湧いてきた。走り出しても臭くない。わざと普段は避けている原谷へ登る峠の急坂でも、問題なし。あとはこれがいつまで持つか?というのが目下の心配。年が明けたらグッド自動車も少しは落ち着くだろう。それまで持ってくれよ、チンクちゃん!