「Fiat 500」タグアーカイブ

Fiat 500 夏バテその後

チンク嬢が全く動かなくなって、その原因が始めは暑さによるコイルの故障と疑ったが、すったもんだの挙げ句にコンデンサーだと判り、無事エンジンがかかるまでの顛末は先の投稿で述べた。

元のコイル不良は濡れ衣だったが、ハーレー・ダヴィッドソン用の2気筒同時点火コイルに替えた結果、エンジンルームがスッキリしただけでなく、ディストリビューターが不要になり故障や不調の原因が僅かながら減った。さらに、気持ちエンジンの回転がスムーズになったような、力が出るようになったような、、、

よしっ!これで直った・・・ と思ったのもつかの間。次々と異常が発生。 続きを読む Fiat 500 夏バテその後

Fiat 500 ウインカー ブザー追加

(オーディオ・パイロットのブザーピーピーと少しウザいが、、、おかげで消し忘れることはなくなった。)

ウインカリレーのカチカチ音が小さいので時々ウィンカーの切り忘れがある。インジケーターランプも暗いく昼間などほとんど見えない。このままじゃ危ないことになる。そこでダッシュボードに小さいブザーをつけた。

ブザーの電源をウインカー・インディケーター・ランプから取る。ところがFiat 500のは1つしかないのに、どういうわけか内部の電球は左右それぞれ2個入っている。それぞれにブザーを2個付けるのはなんだかダサい。そこで、左右の電球ソケットからY字形に配線してブザーにつなげるのだが、そのままでは左右がブリッジされてしまい点滅がおかしくなる。で、整流用のダイオードを挟んで電流が逆流しないようにした。

インディケーターにはもともとアースの不具合があり、それがランプの暗さや挙動の不安定の元になっていた。これを機会にマイナス線を引き直した。その上ブザーの回路も並列にボディーアースにつながったのだからウィンカーの動作はすこぶる快調になった。

リレーの音が要らないくらいインディケーターの点滅もくっきり明るくなって、昼間でも点滅がはっきり見える。ブザーもいらないほどだ。何の事は無いアースをしっかりとっておくだけで良かったのかも。


追記:

寺町の電子パーツ屋、マルツで合計4点、お買い物。

高速スイッチングダイオード @20円 2ケ
圧電ブザー @280円 1ケ
異線径配線コネクター(2個入り) @190円 1ケ

〆て510円也

なお、リード線とギボシ端子は作業場の有り物で間に合わせ。

これでウインカー出しっぱなししでインディケーター見落としても、「っつたく、年寄りはしゃあないなあ!」と言われずに済むし、何より安全。

旧車 Fiat 500のトレーラー連結検討7(終)

もう、トレーラー連結検討についてはこれでおしまい。

おそらく、日本ではまだあまりやった人がいないのではないか、という旧Fiat 500でのトレーラーけん引。運輸支局という役所の判断はどうあれ、軽自動車検査協会でトレーラー側にけん引車両の型式を登録すれば、合法的に総重量220kgほどのカーゴトレーラーが曳けることが判った。

しかも、引っ張る方の自動車にトレーラー総重量を登録するということ(いわゆる950登録)しか頭になかった僕に、そういう手段を教えてくれたのは、件の役所の職員だった。マニュアルに書いてないことはできない、という役所のルールに阻まれて950登録による連結検討は無駄な努力だったけど、実を取れたのはその人のお陰だから、まあ、これ以上ぐだぐだ言うのはやめておこう

と言いつつ、まだ心残りのことがある。

Fiat 500の車重、総重量、駆動軸重、馬力ではヘッド(けん引車両)側へのトレーラー重量の登録はできない。特に馬力不足ということ。25馬力ならOKになるのだが、、、(それと、もっと危ういはずの制動力は車検場で実測したがOKだった)

カタログデータでは18PSとなっているが、メーカーの正式な諸元がないのでどうしようもない。なぜか運輸支局の持っているデータでは22PSとして計算される。最後期のFiat 500Rはたしか23PSだったはず。どこから出たのだろう。ブレーキ性能のデーターは無かったのに、、、誰かがNet出力をテストベンチで計測して届け出たのかなあ、、、まあ、それでも950登録には足りない。

ところで、僕のチンク嬢はイタリアのカロッツェリア Italo Sportによるチューンドアップのエンジンで下の古い雑誌に載ったデータでは28〜32PSもある。なんとか、これで認めてもらえないか、、、でも、雑誌の広告だし、、、。この雑誌の写真をアップした人に何とか連絡をつけて、カタログや使用説明書でもいいからメーカーや販売店の出した「仕様」を手に入れられたらなあ、と思う。エンジン型式は同じ110F.000なので、問題なさそげだし。
http://minkara.carview.co.jp/u……ofile.aspx

もっと問題なのは僕のエンジンが「本当にItalo Sportか」と問われたら証明できないこと。ヤフオクで落としたもんだしなあ、、、(シリンダヘッドを外してボアから排気量は間違いないし、エンジン全体のコンディションは、知り合いの車屋さんが「一度も回してない」と言っていたから「日本の代理店の予備機」という触れ込みは正しいと信じてる)

とりあえず、軽登録で合法的にトレーラーを曳ける状態にしておいて、後からでもエンジンの数値を入手できたら、Fiatにトレーラー重量を追加登録することにしよう。

というわけで、お役所とのやりとりと、ウダウダはこれまで。


追記: 下の画像はItalo SportのチューンしたFiat 500が発売されたときに購入され、現在も乗り続けられている方がお持ちの画像で、連絡を取ったところ資料を幾つかお持ちだとか。雑誌もあるそうで、僕のチンク嬢が25馬力以上あることの証明になるかも、、、

http://cdn.snsimg.carview.co.jp/minkara/usercar/000/001/267/338/1267338/p3.jpg?ct=4581d692b19f
みんから「kita_fiat500l」さんのページより

そのうち、ドイツからトレーラーヒッチが到着する手はずになっている。(貨物はフランクフルトを出たとか)待ち遠しいな。

ダットサンから、、、

ネットでたまたまFiat 500の先代、トッポリーノの写真を見つけて、昔うちにあったダットサンのことを思い出した。

Fiat 500 (Topolino) Photo from Wikipedia

僕が1歳から3歳くらいのときにうちにあったのは、戦前に作られたダットサンであったことは母からも聞いていたし、僕の記憶の中にもボンネットがサイドから跳ね上げるタイプで、ヘッドライトがフロントフェンダーの上に乗っかっている古臭いクルマをよく憶えている。古いアルバムの中に僅かに一部分が映っている写真があったので、どのタイプのダットサンだったか判るかもしれないと調べてみた。

クルマ道楽だった父は「セダンの屋根を切り取ってロードスターに改造した」と母が言っていたことを思い出し、自分の記憶の中のクルマと写真に映っている縦長ルーバーの付いたボンネットから、どうやらダットサン14型ではないか、と当たりをつけた。

昭和27年ころ

ところがが僕が1歳くらいに取られた写真(上)は、キャビンのルーフの長さがクーペの様に短いのに、ずっと後ろに見えているボディーの後端は切り立っていて、セダンかトラックのように見える。後部フェンダーの処理もシンプルでセダンのそれではなさそうだ。また、ドアの前端からボンネットカバーまでが短く、開閉式のエアインテークがフロントガラスの上に付いている。これはトラックの仕様らしい。だとしたらダットサントラック10〜17型のどれかだろう。しかし、これをベースに4人乗りに改造したとは思えない。

File:1938 Datsun 17T.jpg
ダットサントラック17型 Photo from Wikipedia
昭和29年ころ

もう一枚、二つ下の妹が1歳くらい(つまり僕が3歳)のときの写真(上)には幌が付いたクルマが写っている。しかも、ドアの前方に足元換気用のエアインテークの蓋のようなものも見えているから、どうやらこれは先のトラックとは違うクルマのようだ。おそらくこれが「改造車」なのだろう。

ダットサン15型フェートン Photo from Wikipedia

このクルマに付いている幌には後席用の窓もある。ということはツーシーターのロードスターというよりは4座席のフェートンと(写真上)いうタイプになる。母はオープンタイプのクルマを全てロードスターと思っていたようだ。

ダットサン15型ロードスター Photo from Wikipedia

写真は無いが僕の記憶ではうちの「改造車」のボンネットカバーにも14型の様にルーバーが縦長に切ってあった。先のトラックとごっちゃになってる可能性もあるが、後席に乗せられてよくドライブに行ったし、しばしば故障してボンネットを開くところを見ていたのもしっかり憶えているから、まず間違いないと思う。

ところが、問題はドア前方のエアインテークが装備されているのは14型ではなさそうだということ。しかし、それがある15型以降のルーバーは縦の幅がうんと狭くて、水冷エンジンの飛行機の排気口を思わせる意匠になっている(写真下)。

ダットサン17型セダン from Nissan Heritage Collection

形式の特徴が僕の記憶と矛盾するが、ラダーフレームを持つ昔のクルマは架装したボディーの改造が簡単だから、父が好き勝手やったのだろうことは想像に難くない。屋根を切り取るほどだから、14型にはなかったエアインテークを付けるくらいなんでもなかっただろう。または、どういうつもりか15型以降のモデルに14型のボンネットを乗せたのかもしれない。

でも、なぜ???エアインテークは三角窓のなかったクルマに足元から新鮮で涼しい風を取り込むことができるから、実用性向上という意味では後付けも考えられる。ではボンネットを取り替えた理由は??? 物のない時代だったから部品が手に入らず、有り物をくっ付けたのかも、、、昭和20年代も後半になり戦前のクルマの部品がなくなって別タイプのものを使いまわしたのかもしれない。すでに当時としても「クラシックカー」的なフォルムはかなりの時代遅れ感を漂わせていたし、2、3歳のチビでも若干恥ずかしいと思って乗ったものだ、、、結局、クルマの素性を聞こうにも父も母もこの世に居ない今、この「改造車」の形式ははっきりしないままだ。(どうでもいいんだけど、、、)

両親が新婚の頃は商売を始めて間もないし運ぶ荷物も多かったから、キャビンが狭くても、戦前のオンボロでも、ともかくトラックが必要だったのだろう。その後、子どもが二人になりトラックでは乗り切れないので、やはり戦前モデルの中古セダンに換えたのだろうが、、、「普通のクルマ」では我慢できずに屋根をぶった斬ったということか。。。なんにしろ両親は不思議なクルマに乗っていたものだ。

運転免許を取る前、母はこのクルマで運転を練習したそうだ。当時住んでいた近所の名刹東福寺の境内で、、、。なんという無法!なんという緩い時代!しかもクルマを横転させてしまったとか、、、(汗)。カネとオンナにだらしない父だったので母は終生父のことを許さなかったが、クルマだけは好き放題させていた。クルマは目立つ赤い色が好きで、5速のマニュアルトランスミッションでないといけないと言い、ポルシェに乗りたがっていた母も、父と似たようなクルマ道楽だったと。

思えば僕の最初のクルマは幌のジムニーだった。その後に三菱のやはり幌のジープ。アメリカで偶然見つけて買ったオンボロのMGミジェットもラグトップだったし、日本に帰ってきて乗ったホンダビートもオープン。そして今のお気に入りFiat 500もまがりなりに屋根が開く、、、父から変なものが遺伝したのか、、、

カリフォルニアに居たころ乗っていたMG Midget

そういや息子の賢治もダイムラーSmartのカブリオレだった、、、

画像に含まれている可能性があるもの:車、屋外
Illustration by Kenji Takahashi (from his Facebook)

Fiat 500のドア内装パネル製作

再度車検を受けるのに必要な部品がまだ来ないので、ずっと気になっていたドアの内張りの弛みを何とかすることにした。

数年前にチンクちゃんがウチに来たときから、ビニールレザー張りのパネルがグニャグニャで、特に助手席側のはだらんと膨れている。おそらく雨水で中の板がグサグサになってるのだろう。

「ハードボード」という木材の繊維を熱で固めた薄板を買って、元の歪んだボードをテンプレートにして複製した。それにビニールレザーを強力スプレー糊でくっつけて、ハイ出来上がり。

一見、角丸長方形に見えたけど、仮合わせしたら微妙に平行四辺形だと判明。レザーを貼る前に調べて置いて良かった!

ハードボードはある程度耐水性があるが、若干心配なので裏にはラッカーを吹き付けておいた。次にバラすときには、今時の乗用車のようにポリエチレンの裏張り皮膜も張ってやろうと思う。

もう一つやることがある。本来この500Fというタイプには付いてない500L用ドアポケットの取り付け。中古部品を買ったのだけどネジ穴が割れていて修理に手間取ったり、M4のナットなどのネジ類がうちに無くて、今日はまだできない。とりあえず、明日にはライトの部品が来るので、そのときに一緒に取り付ける予定。ついでにポリ皮膜も。