「日記」カテゴリーアーカイブ

餅は餅屋

これくらいのことなら自分でもできる。と強がってみても、それは無制限に時間と労力を注ぎ込むことが条件で、ある意味、とても僕向きの趣味なんだけど、、、近頃は何が何でも自分でやらなきゃ、とも思わなくなってきた。

Fiat500の、キングピンという前輪で舵を切るための軸になる部品に異常が出ていて、即危険ではないけど車輪に少しガタがあり、走行時に気になる状態だった。これは数年前にうちに来たときからの症状だった。修理するとしたら、バラした後で新しい金属ブッシュにリーマーをかけてピンにあわせるコンマゼロ何ミリの切削とか、トーインの調整とかが待っている。アメリカに居た時、MGミジェットのフロントサスペンションや操舵系は全部自分でやってたから、Fiat500だってそれこそ道具さえあればできないことではないが、、、

苦しい時の神頼みで、以前エンジンの載せ替えでお世話になった近所のグッド自動車(なんて「良い」名だ!)に持っていった。部品は僕がネットで調達し、日本語の整備マニュアルのコピーを渡して、あとは全員僕より年配のベテラン整備士の皆さんに託す。(僕のFiat500は主に社長自らが手をかけてくれているらしい、、、)

こちとら我流で憶えた生半可な整備技術と書物やネットで仕入れた付け焼き刃の知識。対してグッド自動車の全員が叩き上げの熟練整備士。ここはもう工場に足を運んでひたすら教えを請い、技術に見とれるだけ、、、(社長には「ウクレレの作り方教えて」と頼まれてるので、そのうち立場が逆転するんだけどねW)

整備工場のツールや計測器にプロの技術、、、同じだけの仕事を僕がやるためには道具の買い揃えと作業の試行錯誤でお金と時間を湯水のように浪費するだろう。内心ちょっと悔しいけど、ここはひとつ、餅は餅屋に任せよう。

 


山笑茶屋

先週、岡山牛窓の妹のところへパソコンの修理に行っていた。岡山には美作に従弟が工場を構えていて、彼の奥さんは近くですてきな「山笑茶屋(やまわらうちゃや)」というカフェをやっている。

カフェになる前の空き家は見たことがあったが、開店後は行ったことがなかったので、パソコンの用事の合間に妹夫婦と美作までドライブして閉店間際に滑り込んだ。

山笑茶屋は、周囲に何もない山の中の、森に囲まれた尾根というか峠のような所にぽつんと経っている。店の中にはタイに直接出向いて仕入れてきたという藍染の衣料や小物雑貨が置かれていて、以前のがらんどうだった時とは全然違う。街なかの喫茶店と違い、通りがかりの一見さんはあまり来ないだろうけど、何も知らずにこの山の中へ来て店に入ったら驚くだろうな。。。


Fiat 500のこと、、、

Fiat500に乗ると、小雨の日はワイパーに間欠作動機能がなくて困る時がある。しかも、ON-OFFスイッチがハンドルの向こう側にあり手動操作も不便。

そこで汎用のミツバ製コントローラーを取り付けた。(こちらの情報を参考にさせてもらった。いろんな人がいろんな事やっていて、それをネットに流してくれるのでホントに助かる。ただ、どんな情報でも鵜呑みにするこはないが、、、)

そういえば前に取り付けた電磁燃料ポンプもミツバ製だった。

前のオーナーによってダッシュボードにあるはずのイグニッションスイッチが別のとんでもない場所に移動されているので、キーホールはダミーだった。

使わないダミースイッチを外した後にフタ付きのシガーライターソケットを取り付けた。小学6年で禁煙してからタバコなんか要らない身体なので、これは単に電源のため。

あとは、灰皿いらないからそこんところに燃料計を取り付けたいな。(元々燃料メーターが無く、残り5リッターで警告灯が点くだけ。これは心もとない)

うちのチンク嬢は躰はFタイプなのに、何故か顔だけLタイプ(LuxuryのLかねえ、、、)で、FIATのバッヂが小さく少し間延びした感じ。(犬の鼻みたい)

これはまだやってないんだけど、カッティングシートで笑顔の口を付けてやりたいな。

赤いベロを出してるのも考えたんだけど、既に耳も赤いし、鼻も赤なんで、、、うっすらと微笑んでいるくらいがいいんじゃないかと。


四十ン年、、、

偶然出てきた引っ越しのお知らせ。息子が生まれるずっと前、花脊に建てた家だ。彼のお母さんは色白だったなあ。僕はあの頃いちばん太っていた。麦わら帽にデニムのオーバーオール、手には備中鍬。庭の畑の大根の葉が茂ってる。前に住んでいた団地の集合住宅で飼っていた拾い犬たちも写ってる。おお、1階のテラスに手すりがあったな。そういや風見鶏もまだ立てていなかったっけ。

やらせのニオイがプンプンする写真だな。(笑) だって、犬連れて小脇にバスケット抱えて、いったい何するのよ? 僕が備中鍬を手にしてるのは、ひょっとしたらAmerican Gothicという絵をパロっているつもりだったのかもしれない。思い出せないけど、多分そうだろう。
色白のおかあちゃんと、太ったおやじの間に出来た息子は色白で且つ太っている。

 


【爾臣民と呼ばれる筋合いはない。】

僕は今の憲法の元で生まれ育った。明治天皇が何を言ったかなんぞどうでもよい。「爾臣民」つまり「お前ら下僕」というワタゴトが平気で書いてある教育勅語を、今の政府は教材として使うことを否定しないという。おそろし。

http://www.asahi.com/articles/ASK3045LBK30ULFA00Q.html?iref=comtop_8_01

教育勅語には個々に「良いこと『も』書いてある」からその部分は使ってもよい、とは絶対に思わない。それに「良いこと」といっても、何か事が起こったら義勇をもって国に奉仕しろなんてのは論外だし、一見よさそげな親に孝行し、夫婦が仲良くというのも、個人の家庭内のことにまであれこれ言う権利など元々誰にもないのだ。それを「良いことも書いてある」から復活させる、などという寝ぼけた(いや、悪意ある確信犯の)ヤカラが日本の政府をやってるんだからたまらない。

うわ辺の「良いこと」が乗っかっている基礎には権力の国民生活への介入の意図があるのだから、結局全部ダメなのだ。しかしうっかりそこんとこに気付かずにいると、部分的なら良いだろ、というすり替えに乗せられてしまう。

個別に「良いことならいいじゃないか」と言うのなら、短期間に失業率を改善し、一般市民の生活向上を成し遂げたナチスの社会福祉政策も「良いことであった」のだ。しかし、それはユダヤ人、身障者、性的マイノリティーなどの社会弱者の犠牲の上に成り立っていたとのだし、しかもナチスはそのツケを他国占領と戦争で辻褄を合わせようとしたのだから、いまそれをそのまま肯定したり褒め称えたりするひとはいないだろう(ネオ・ナチなどの極右を除いては)。

戦後ドイツはナチスの犯罪を否定/矮小化してはならない法律も作っている。日本の国会における「教育勅語等排除に関する決議」と「教育勅語等の失効確認に関する決議」はドイツの法律ほど強力ではないにせよ、教育勅語を憲法や教育基本法に悖るものとして否定している。それなのに平然と「憲法や教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」と言い張る政府は戦争への反省のかけらもないということを自ら証明しているのだ。やつらネオ・ナチか?