Day 12 text / 0831

満員のシベリア鉄道の3等から、フィンランド行レフ・トルストイ号の実質二人の2等コンパートメント、そしてヴァイキング・ラインフェリーの一番安い二人部屋、と言ってもシングルで使える贅沢さ。どんどんグレードアップしている。。。けど、どんどん人との出会い関わりが減ってくる。

昨日、乗船時にぶつかった日本の女性たちとも船内で再会することもないまま。実際、朝から誰とも話していない。船は島や岩礁の間を抜けてストックホルムに向かう。ヘルシンキとの時差を知らず、早々とパッキングを済ませていたが、下船の案内で思ってたより1時間遅くなると判明。

下船口で昨日の日本の方に出会う。彼女らは6階デッキの部屋だから6階にある下船口から降りるはずなのにアナウンスが聞き取れず、乗船した4階まで来たのだとか。ひょんな事で出会い、またひょんな事で再会。昨日は恐らく、もう会う事はないだろうと思ったが、せっかくの縁なのでお昼を一緒にということになる。

彼女は退職してから旅行三昧だそうで、国内外を精力的に回られている。ピースボートで世界一周もしたとか。お連れの若い外国人女性はフィリピンの人。22歳で日本に来て27年!ん?30前後と思ってた。。。

港から駅へ移動して、駅前のカフェテリアで軽食を食べながら、旅の話がはずむ。昨日から今朝までの、あの「これからは独りだぁ〜!」的な気合はどっか行って、別れ際、ちょっと寂しくなる。

駅へ戻るり、いよいよKungsledenの南端ヘマヴァンまで切符をとる。夜10時40分発ウーメオ行、翌7時分着、それからバス。夜行列車は寝台か座席か迷うが、明日ヘマヴァンで直ぐに歩き始めるかもしれないので寝台に決める。

時間がたっぷりあるので、地下鉄で自然歴史博物館へ。ストックホルム大学に隣接しためっちゃ立派な建物。リアルな先史スウェーデン人の女の子の蝋人形が何とも、、、。スウェーデンの自然の展示を見る。主に動物の剥製だがよく工夫されていると思う。

帰りに大学のキャンパスを歩いてみる。起伏のある地形に今風のビルとレンガの建物が点在して僕の居たウィスコンシン大学のマディソン校を思い起こさせる。大学のサイズはマディソンほど巨大じゃないがそこら中に広がるやたらに大きい芝生が印象的。もうこの歳で学生に戻る事はないが少し昔の学生気分を味わってみる。

夕食のできそうな学食を地図で探して行ってみると、緑の古い木造の家に行き当たる。どこか、僕ら院生に当てがわれたスタジオのバーナードコートハウスに似てるな。パブ兼カフェテリアみたいなもんかな、と中を覗いていたら、仮装した若者たちがはしゃぎながら出てきて、ここは7時からオープンなので未だだよ、と教えてくれる。キャンパス中のパブで今夜はパーティらしい。ハロウィンにはちょっと早すぎね?いずれにしても飲まない僕には用がないので、飯を食えるところを教えてもらう。

芝生広場のすぐ向かい側にピザやケバブのあるカフェテリアでファラフェルプレート。ファラフェルの大きさとフレンチポテトの量に、またアメリカでの学生時代を思い出す。ていうか、自分が歳をとっていないで、まるで何十年前のままマディソンのキャンパスを歩いている錯覚に陥る。(おおげさじゃなく!)

思わぬタイムトリップで、さすがの高緯度でも陽が傾いている。駅に戻ろう。でも未だ明るいうちなら地下鉄よりもバスで景色を見ながらの方が楽しい。50番のバスに乗ると駅に行けるとおしえてもらい、すぐ来たので飛び乗る。

運転手にどうやって支払うか、クレジットカードは可能か?と尋ねたら、地下鉄の駅でパスを買わないといけないと教えられる。そりゃそうだな、京都の市バスでクレジットカード支払とか言っても、アホか、と言われるもん。戸惑って降りようとしたら、いいから乗って行きな、って。。。
!(◎_◎;)

運転の邪魔にならないよう赤信号の間に、この借りはどうやってかえす?と尋ねたら、いいからいいから、、、って。。。駅に着いたら教えてやるから、運転席の近くの席に座れって。彼は中東、アラブ系のお兄ちゃん。日本だったら職務に忠実じゃないが、と咎められるだろう。

子供の頃、用事でバスに乗り、目的のバス停をかなり乗り過ごしたことがあった。半泣きで子供料金の10円を払ったら、車掌のお姉さんが10円玉を返してくれて、これで戻るバスに乗りなさいって言ってくれたのを、思い出した。

何て事を考えていると、運転手の方からどこから来た?って話しかけてくる。「運転中は運転手に話しかけないでください」ってのが日本の交通機関には必ず貼ってある。多分、ここでもそうなんだろう。けど、運転手からこちらに向かってしゃべってるんだから、そのルールには当てはまらないっちゃあ、当てはまらないわけね。

日本のことは映画で見て知ってる。兄弟が日本に行って素晴らしい国だと言っていた。料理もうまいし、自分もいつか行きたいな、って。それから、モロッコて国を聞いたことがあるか?と。聞いたもなにも、アメリカに留学して最初に友達になった一人がナジャートという名のべっぴんさんのモロッコ人留学生。当時二十歳だったのにとても大人びて見えた。(今日はやたらアメリカ時代を思い出すね)。また、僕はいつかモロッコのフェズという街に行ってみたいと思っている、と言うと、彼の奥さんはフェズ出身なんだって。

そんな事話したり、クスクスやタジン鍋などアラブ・モロッコ料理屋なら僕も知ってるて言うと。そしたら、名前は忘れたけど熱い灰に埋めて何時間も調理するつぼ焼きみたいな料理ってが美味いとおしえてくれる。

話が日本の寿司に及ぶ。あれは美味いけど、こっちで出されるスシはやっぱ本物と違うんだろう?って。実は、昼間に怖いもの見たさで駅構内にある「Sushi Yama」というスシバーでテイクアウトを買って食べたんだけど、不味くはない。もちろん美味くもない。彼の言うとおり、似てるな非なるもの、と答えておく。ほんとは似てもいないんだけど、、、。同じ材料でも包丁さばきで味が違うよ、って知ったかぶりしてみたりして、、、笑。そしたらいい日本の刀の事も知ってるって。

停留所に停まるたび、どんどん人が乗り降りするのに、話はとどまるところを知らず、景色を見るどころではない。が、楽しいバスライドをしてるうちに駅。ありがとう。この借りは返せないけど、、、

10時半少し前にホームへ行き、定刻乗車。三段ベッドの6人部屋。僕は中段。朝7時過ぎ着だから寝るだけで、同室の客と話をする時間もない。荷物を放り上げてシーツをを敷き、直ぐに寝る。


Day 11 photo / 0830

無事ロシアを出国

モスクワで買ったトローチのオマケ試供品に説明書が6枚、全部おなじもの、、、しかもロシア語やし、、、なもん要らんわい!

モスクワの駅構内にあるお菓子やさんで買ったロシアケーキ。ウラジオストクのより見た目も味も洗練されている。でも、ロシアの香りはたっぷり。包み紙、って感じの昔ながらの袋に入ってる。スタンプ付き。ロシアやグルジアで買ったアイスも包装紙にスタンプが押してあった。僕のFBプロフはあの頃のアイスのやつ。

ヘルシンキ着
駅地下。めちゃハイレベルな演奏してた。思わず1ユーロを出した。逆に駅の外には、撮らなかったがロマと思しき人たち多く、中には乞食ををする人も。

オフラインで使えるMapsMeアプリはドライブナビにはちょっとアレだけど、世界中の街をカバーしてるので、無料地図をもらいに右往左往する前にさっさと使えばよかった。ちなみにウラジオストクで買ったSIMでフィンランドでもローミングで接続できてる。
ウラジオストクでサングラスを盗まれたので、アウトドア用品店を探してたら、「インタースポーツ未婚活」ってのが出てきたわ

ヘルシンキのスシバー「ハンコ寿司」、、、って何?

ストックホルム行きバイキング・ラインのマリエラ号

ヴァイキング・ラインの安い方のブッフェ。それでもディナーは30ユーロ以上する。メニューだけ見てくわんかった。白身魚の燻製のスシとかやめてほしいな。。。それにワサビの単品って何?
船は飯が高いのわかっていたので、あらかじめヘルシンキの駅構内でサンドイッチを買ってあった
洗濯物を早く乾かす術。


Day 11 text / 0830

真夜中にフィンランド国境に至る。まずロシアの制服にタモージのバッジ付けた若い兄ちゃんが来る。ロシアのビザは山ほど訪問予定地が書いてあって有効期間も9月20日くらいまである。ウラジオストクでどこにも泊まらずシベリア鉄道に直行だったので、バウチャーの行程の初めの宿でやってもらうべき登録ができていない。いろいろグレーなビザなので、若干緊張。しかし、何もなくスタンプを押してくれる。ほ。。。フィンランドの入管はにこやかだけど、あれこれ訊かれる。ラップランドでトレッキングというと、気をつけて、と言われおしまい。

同室にはヨルマさんの上にもう1人ロシア人の若者がいたが乗り込んですぐ寝てしまい、ここで降りるので話すことはなかったが、ダ・スビダーニャの挨拶だけは言う。

そのままヨルマさんは寝ないようなので、僕も付き合って話をする。若い頃はアイスホッケーやボクシング、射撃などのスポーツをやっていたそう。スキーはやらなかったの、と訊いたら。競技じゃないけど子供の時はフツーに履いて滑ったり歩いたりしていたとか。あたりまだな、ニュージーランドやオーストラリアの人にラグビーやったことあるか訊いたらようなものだ。。。ジャンプの葛西はフィンランドは誰でもしっってるって。

ヘルシンキで降りて、真子さんともお別れ。困ったことがあったら連絡をと言ってもらう。いつか京都でお貸しした本を返していただける日が来ることを、と言ってさよなら。

スーパーのお菓子売り場で「世界一マズイ」と日本人だけが思っているサロニアッキを買い、郵便局に行ってお土産の切手や不要になったものなどと一緒に日本へ送り返す。以前にもお願いしたことがある町内の人に預かってもらうため、電話した。僕のはIP電話なので国際番号なしでいつも通りかかる。若干のタイムラグが気になるが、、、ちゃんと通じてOKをもらう。

1人になって、もうこれ以降は街の中でも自然の中でも今までのような人との関わりや会話はなくなるだろう。人の大勢いるヘルシンキもストックホルムも通過するだけだし、スウェーデン北部のヘマヴァンから始まるKunglsleden南部はオフシーズンの今頃は1日歩いても人に出会わないこともあるというし、、、今これを書いているヴァイキング・ラインの大きな船でも個室だし。

そうそう、船に乗るとき、最後っ屁みたいな出会いがあった。iPad miniで日本語のサイト見ながら調べ物して歩いていたら、乗船口の手前で僕の腕が横の人にぶつかった。脳が日本語モードだったせいか、とっさに「あ、ごめんなさい!」と日本語で言ってしまう。相手の女性が「いえ、こちらこそ、、、え?日本人?」と。お互いビックリ。名古屋から来た日本人の方で、22日に日本を出て、まだまだこれからヨーロッパ各地を回るのだとか。日本語がぺらぺらの外国人女性と二人旅。

このフェリーは、というかヘルシンキ発の船はどれも大きく、
客室が何百もあり、デッキが何層にも分かれていて、巨大なビルかちょっとした町くらいあるので、もう会わないかもしれない。可能性があるとすれば食事だけど、レストラン、ビュフェ、バーなどが複数あって、しかも何れも僕の財布のレンジではない。前もって時間を合わせなきゃ下船のときにも再会は難しい。肘触れ合うも他生の縁かもしれないが、乗り込んですぐ「じゃあ、またどこかで」と別れた。(ふつううは乗り物から降りるときに言うことばだけどね。笑)

電話もネットも通じない、人に出会うのも稀なところへ行くのに選んだ手段が一つの車輌に5〜60人も詰め込まれ、しかも次々に入れ替わるという、えらく濃厚なシベリア鉄道3等のだった。僕は旅をする度にいつも良い出会いに恵まれてきた。何処かへ行って何かを見たというだけでは得られない喜びを感じる。ありがたく幸せなことだと思う。

しかし、もうそれも「懐かしい」過去になり、月が変わる頃には一人旅が始まる。僕は昔から山歩きは単独行が好きだった。映画「太陽のかけら(原題:Kungsleden)」の主人公が10年前の自分と恋人の幻影を追いながらKungsledenの道を独り歩く姿を自分に重ねてきたのかもしれない。山歩きを始めて間もない頃から憧れの地であるKunglsledenへ近づくにしたがって、周りの環境が変わり人間関係が希薄になってくる。(といっても、ヘルシンキは日本にいるのと変わらない便利さで、人も親切だし英語もよく通じる居易いところだんだけど、、、)。こちらからも周りへ働き掛けることが少なくなり、自分の心も一人旅への準備を始めていることがわかる。

ウラジオストクで買ったカップマッシュポテトの最後の一個を食べた。手足の指の爪を切り髭を剃り、洗濯をして寝る。


Day 10 photo / 0829

エフソンさん

ボルガ川

バト・エルデネさん、シュルさん親娘

トローチ。試供品のトローチがもれなく付いてくる。本体は要らなくね?

何料理の店なのかわからないけどサラダとシャシリクを食べたレストラン

同室のヨルマさん。しかし、、、なんじゃ?この列車の綺麗さは。。。

めちゃ綺麗なトイレ、シャワー付き
ペーパーもクリネックス