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リハビリ

退院して、右腕は動かないままだけど、まあ、何とか生きていられる。。。 日々の生活で、例えば風呂上がりに着ようとしたシャツが背中に引っかかって降りてこないのにはまいったけど、、、それより、自分にあったリハビリ施設を探すのに苦労している。

理学療法、作業療法は医師が処方して、をれを療法士が実行することになっている。頚椎手術に伴うC5麻痺を理解してそれに対応した療法を行ってくれる病院を探すのは容易でない。実際、まだ決めかねているところ。。。

退院直前に病院の都合で突然主治医が代えられ、新しい医者(医師とは呼べないな、、、)は「リハビリなんか関係ないです。やってもやらんでも、治るもんは治るし治らんもんは治らん」と言い放った。血腫や感染なども、施術に過誤もない、言ってみれば神経の混乱みたいなもんだから、日にち薬で、そりゃあそうかも知れないけど。。。 じゃあ、なんでその病院に入院中、院内の施設でリハビリを受ける必要があったんだろう、ということになる。

もう退院しちゃったし、もとの主治医、つまり執刀医はリハビリの効果を強調していたから、そっちを信じておこう。週明けには3軒目のリハビリ施設を訪ねる。手間のかかることですわ。。。(入院していた医療センターは外来のリハはやらないそうな。。。もっとも、遠いので通う気もないけど)


帰還、、、  もうちょっと

・3月11日 入院。
・14日 手術(頚部脊椎管狭窄症、前方進入、頸椎開削による脊髄前方除圧、腸骨から採取したブロックとPolyethylethylketon、チタンプレート、ボルト等による前方固定術)

・17日 右腕C5麻痺(5番頸椎から出る神経根の支配下にある右肩三角筋と上腕二頭筋が運動麻痺)。ラッキーなことに、手首、指先の運動は健全。(キーボードが打てる!)

・20日 徐々に運動機能が回復のきざし(ブラブラであることに変わりはない)

・28日 抜糸、月末に退院OK

・31日 退院予定 (高額療養費の補助が月末締なんで、月をまたぎたくない、というケチな理由も、、、)

と、ここまで漕ぎ着けた。右腕麻痺はまだ1割程度しか運動機能が回復していないが、ひと通りの日常動作はこなせる。明日(29日)に外出許可をもらって、日中は自宅へ帰る予定。独居なので麻痺を抱えたまま適応できるかどうか、、、確かめるつもり。

問題の茶店再オープンは、可能ではないか、と踏んでいる。日時は未定。おそらく4月半ばか?
茶店のページに開店日は掲示予定。乞うご期待!!!


一休み

茶店は、僕の頚椎の手術で4月までおやすみです。

早ければ3月中、遅くとも4月第一週には生還できるはず。ただ、首のまわりを固定するカラーを術後3ヶ月は着けておく必要があり、どこまで茶店に関われるか、今のところ不明。

やってみなきゃ判らんことばかりなんで、本格的なオープンが出来るのだろうか???

もしも、4月になって碗子茶を飲んでみようかと思われたなら、茶店のページにあるカレンダーをチェックしてみてください。



試験営業報告

案の定、開店前日にBCCメールで数人に告知しただけでは、ひとは来ない。
しかし奇跡的に、営業時間も終に近づいた夕方5時頃、一人の友人が焼き芋を携えて現れた。
酒好きの友人には、冷蔵庫に眠っていたビールもどきを提供。(自分で飲まないので処分というべきか、、、)
もちろん碗子茶も出したが。

誰もいないところで掃除しながら店番していたら、昔、北山の山中、花背別所で農業ごっごをしていた頃、田んぼの 真ん中でひとり草取りをしていた時の感覚がよみがえってきた。梅雨明けの炎天下、稔るかどうかさえ判らない青稲の間に延々と這いつくばっていると、ふと我にかえ り、「あれ?なんでこんなところに居るんだろう?」って思った。(ネガティブな気持ちではなく、、、不思議な現実遊離感。「我にかえり」じゃなく「我を失い」かもしれない。。。いや、農業は結局幻想みたいなものだったから我にかえりが正解か。。。)

店でも、開店までの思い入れや経緯、これからの希望や予定がすっかり飛んでしまって、しばし時間が止まったように感じた。(これだけで、店を 開けた甲斐があったというものだ!  でも、ひとは負け惜しみって言うだろうなぁ。。。)