これでは体重が落ちるわけがない。。。
「日記」カテゴリーアーカイブ
ノルシュテインに会いたい
プーチンなんかどうでもいいから、はやくノルシュテインの子どもたちに会いたい。でも京都では来年の1月。ああ、待ち遠しい、、、 ハリネズミくーん。
『アニメーションの神様、その美しき世界』公式サイト:
http://www.imagica-bs.com/norshteyn/
銀塩フィルムをデジタルでいじるのは嫌いだけど、これはノルシュテイン自身が監修している。話は別!
すったもんだ
帰りの飛行機が大雪で欠航。振り替えられた便 より1日早いのがあったので再度変更。
とある海外資本のLCCは、電話の受付時刻が日本で終わっていても会社の本拠地なのかコールセンターなのか知らないけれど、真夜中でも何でも電話かけてみたら繋がった。昼間に日本のオペレーターに聞いた時点では入らなかた予約変更が海外では割とすんなりOK。(朝、日本の受付が始まる前に合法的フライングをかましてやって、追加料金なしで元の4倍の値段の僅少残席を確保できたので少々悦に入っていた。)
喜び勇んで空港に着いたら、またもや吹雪で欠航。。。orz
3度目の代替便は明後日まで空き無しって、、、。ええい、もうええわいっ!返金しろ、って言ったら、返金は可能ですが次回ご使用のバウチャーでございますがよろしいか?だと。。。(それって返金とは言わんやろ)
雪に苦しみ雪を呪う友人嵯峨治彦さんの歌、『あ、雪』に北海道の人たちが自虐の笑いと喝采を送るのを、他人ごとのように横目で見ていたら、これだ。北海道の雪をナメていた。(冗談で角スコ馬頭琴なんか作ったんで祟られたのかな?)
それにしてもこの雪でも同じキャリアで飛んでる便があるのに、、、嵯峨さんの歌の「LCCには訳がある」っていう一節。身にしみた。
歌のとどめのフレーズは「雪かきしなくても春は来る」。。。 『あ、雪』の歌詞とメロディーが脳裏で渦巻き、ふと、このまま空港ロビーで春まで雪隠詰めか。。。と思った。
いやいやいやいや、もう時間がかかってもフェリーで帰ります。
乗りそこねた飛行機のバウチャーは、、、また北海道に来い、ってことね。
角スコ馬頭琴、本領発揮!
角スコ背にした渡り鳥
角スコップ買うなら北国北海道、とやって来たのは誰も知らない礼文内で木工職人やってるKさんのうち。(この一家はクラフトパーソンと芸術家の宝庫なのに、、、欲がないというか、、、ま、それは置いといて)

二年ぶりの友人家族と大勢のネコたち。イヌとウマさんもご無沙汰 !
人里離れた礼文内の心優しい人たちと居心地の良い手作りの家を寝ぐらに、遠くの街に出て店を回って日がな一日角スコップを探し歩き、翌日から友人の作業場を借りて 、ここんとこずっと妄想していた馬頭琴をでっち上げた。
Kさんたち以外、昔の友だちにはとうとう誰にも会わないまま。礼文内に別れを告げて角スコ馬頭琴を担いで列車とバスを乗り継いで、また別の友人家事のところへ転がり込んだ。
馬頭琴演奏家で友人の嵯峨治彦さんちでとうとう角スコ馬頭琴は「産声」をあげた。「ヒョウタンから駒」みたいにでっちあげた角スコップがか細いながらも、プロの手でしっかりといなないた。
しかも、翌日は雪に覆われた木立のなかの「オーリンホール」(モンゴル語で山の楽器、もしくはホール)で行われた喉歌デュオユニット「タルバガン」ライブで、楽器としてもデビューを果たした。モンゴルやカザフの文化を研究している西村幹也さんが羊蹄山の麓に開いた「北方アジア遊牧民族博物館」 のオープニング記念のコンサートだった。


演奏の翌日、ホールを去る前に演奏者の嵯峨さんと一緒に雪原を背景にして角スコ馬頭琴の撮影をした。その様子は別にアルバムとしてアップするが、最後には雪を掘るスコップに戻っていた。。。(楽器としての機能を得た後もスコップとしての機能を失ってはいないのだ!)
オーリンホールの閉門。一応これで角スコ馬頭琴の旅は終わり。
*追記:
さて、明日の午後には関西へ戻る飛行機に乗ることになった。モノがモノだけに空港では機内手荷物としては扱えないので預けることになるが、楽器だと申告すると預けるならハードケースがどうの、それが嫌なら座席に置いて料金割増がなんたらかんたら、、、とめんどくさいことになる。
今からはこれは角スコ馬頭琴ではない!!!馬頭琴角スコップなのだ。。。いや、馬頭は付いてないんだから、やっぱり角スコップ!!!
北国の養蚕に関わる民間信仰をモチーフにしたオシラサマ馬頭琴が関西の人間にはピンとこないように、角スコの持っている「冬⇒雪⇒辛い雪かき」という連想の働かない関西人にはこのパロディーの持つ悲哀感は伝わらないかもしれない。
思ってもみなかった馬頭琴に仕立て上げられたり、飛行機に乗るためにまた角スコップに戻ったり、、、角スコ馬頭琴はアイデンティティ・クライシスに直面していることだろう。
生まれてきた偽道具・偽楽器は、それ作るために旅をしている僕自身の鏡のようなものだから、同じ迷いは常に自分の中にも在る。
で、この秋に旅したKungsledenのある山小屋を去るときに、小屋の管理人のMiaがブロックフレーテで吹いてくれたNordmanの曲「Vandraren」の歌詞が浮かんできた。
放浪者は旅の終わりにたどり着いたら、もう行くところがない
・・・
辛いけど歩き続けろ、いつでも振り返れるんだから
辛いけど歩き続けろ、ここへは放浪者としてやって来たんだから
いや、僕は別に辛くなんかなく、めっちゃたのしかったんだけどね。。。