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その後いろいろ、、、

昨日『アナスタシア』をこき下ろしたのに、今日Amazonが「あなたにおすすめの本」と言ってきやがった。ネット、恐ろしや。。。

ネッ トといえば、20年前と違って全部じゃないにしてもシベリア鉄道沿線でネットがつながるらしい。しかも、ウラジオストクでSIMを買うと、日本国内で SIMロックのかかった僕のiPad miniでもOKだとか。海外SIMはiPhoneではだめらしいが、iPad miniでテザリングが出来るから問題ない。

さすがにスウェーデンではラップランドの無人地帯を歩くのでネットは無理だろう。Kungsleden沿いにある山小屋は電気すらないのだから、、、。ていうか、そこまで行ってネットもクソもないもんね。(と言いつつストックホルムでは一応SIMを購入予定)

Kungsleden4百数十キロの道のりの前半で5日ほどテント泊になる。それを過ぎたら山小屋が整備されているので、一度近隣の村へ出て余分の荷物を送り返し、身軽になって残りの行程を小屋泊で行こうかとも考える。

問題は一泊5000円を20泊もしたら恐ろしいことになる。。。まあ、Kungsledenの道沿いはテント張りの制限がなく、飲用に適した水も豊富なのでやはり布の家を担いで歩くことになるだろうなあ。。。

一昨年のオシラサマ馬頭琴の旅で使った17リットルのオスプレイバックパックにパッキング中。あれこれ詰め込んで、それから引き算。今のところ13kg。燃料や食料は入れてないから、15〜6kgになりそう。バックパックが大きいのでついつい欲張ってしまう。さらに引き算が必要だが、1.5kgもあるバブアーのオイルジャケットはせっかくオイルを塗りなおしたばかりだけど、さてどうしたものか、、、

Finished!
Finished!

Late Great George Cramer

ロシアのへんてこりんな小説が事実として受け止められていることを先に批判的に書いたんだけど、非科学的なことを言う人が嘘つきだと言っているわけではない。ただ、解らないものは解らないとしておくのならまだしも、説明のつかないような話を「適当な」科学用語を使って事実であるかのように言うのはとても受け入れられない。僕自身、科学的な説明のつかない経験はいくらでもあるが、それは自分の知識が足りないからだと思っている。また、心の内なる世界が外界の数学で記述できたり物理で説明がつくはずもないので、その境界線ではいつも悩ましく思っている。そのことで想い出す人がいる。

ジョージ・クレイマーは大学院で気ままな僕を拘束せず「放し飼い」にしてくれた指導教授で、後の作品の発想に自由度を与えてくれた恩人だ。

彼が亡くなって10年。今も彼との最初の出会いを鮮明に想い出す。僕は初め、長髪ヒゲ面で木こりのような風体のジョージが誰か知らず、ビル管理の用務員さんだと思っていた。そのまま彼にマディソンの街なかにある小さなウォルデン・パークに連れて行かれて、草ぼうぼうの小道の傍にある『In Wildness Is the Preservation of the World(野生にこそ世界の救い)』という 看板の前で、小枝にたかるアリとアリマキを見せて「こいつらは何だか判るか?」と言う質問をされた。

どうやらそれは僕を「量る」試験だったようだ。質問の答えはたまたま知っていた。「Aphid(アリマキ)」という単語走らなかったが、アリはアリマキを外敵から護り、アリマキは甘い分泌液をアリに与える、という共存関係にあるという僕の説明に、ジョージは満足そうだった。

ジョージはアメリカ先住民の血を引いていて、その精神性を受け継いでいると自負していた。その反面、80年代の初、中期、まだMacもWindowsも無い頃にコンピュータアートを始めていて、自動車や電子機器についての造詣も深く、アメリカというテクノロジー社会の申し子のような人でもあった。ときたま、僕のスタジオでの(形式上は)作品批評のディスカッションや、フランク・ロイド・ライトの旧邸だったという彼の家に招待されて食事しながら広範囲で豊富な話題の会話を楽しんだものだ。指導教授のジョージから「何の指導も受けず、何も習わなかった」けど、今の僕を作った重要な教師のひとりだと言える。

残念ながら、未だに僕の中で彼のような精神性と科学技術の融合とか調和は達成できていないので時に思考に矛盾が生じる。そういう時は手元にある彼の教員インタビューのビデオを観返して冒頭の言葉を噛みしめている。

I am a part Native American and uh… my grand mother was uh… my mother side was full blood.
And uh… m… of the first things I remember, when I was about two and a half, three years old, she took me out to the woods and had me hold onto a tree while she left and she would not come back until I knew the name of that tree: the tree’s name, not the scientific one but the name of the individual tree…
And so uh… what I learned was that you should allow the knowledge that you have built into you to come to the force, then there is a rightness to the work.

私はアメリカ原住民の混血で、、、祖母は、、、母方は生粋だった。
それで、、、 先ず最初に思い出すことのひとつなんだが、二歳半か三歳のころ、祖母に連れられて森へ行き、彼女が離れている間、一本の樹に抱きついている よう言われた。そして私がその樹の名前、学問上の樹木名ではなく、(個人の姓名のような)その樹固有の名前が判るまで彼女は戻ってこなかった。
つまり、、、 私が学んだのは、自分の中に自ら組み込んだ知識を発露させ力と成すべきであり、それでこそ作品に真実が宿るということだ。


こういうことを書くと友達を失うが。。。

『アナスタシア』というシベリアにいることになってる女性のことを書いた本を奨められた。パラパラと数ページを拾い読みしたが、僕にはとても受け付けられる内容ではなかった。何巻もあるシリーズを全部読んでからでないと批評してはいけないのだろうけど、とても読む気になるようなシロモノではなかった。(「科学的」な説明が出てくるが僕の知る科学で考えたら、言葉を選ばなきゃ「噴飯モノ」。奨めてくれた人たちには申し訳ないけど、、、)

SNS上で『ちょっといい話』的なでっち上げ小話が「実話」として語られ、Photoshop加工されたファンタジーみたいな写真が「実写」と受け止められ、それらがシェアされ、いいね!されてるのと同じ現象だと思う。出す方も受け取るほうも、現実と虚構(創作ともいう)の区別がされていない。

以前、Facebookをよく見ていたころは、真顔でそういうものをシェアしてる人たちに、こちらも真剣にツッコミや説明をし、訂正を入れてたけど、あれってチェーンメールやマルチ商法、もっと言えばいかがわしい宗教モドキなどと同じで、ダマされる人はいくら言ってもその時は「あ、そうなんだ!」と気付いてくれるんだけど、すぐに別のにひっかかる。ふと、チャチャ入れたり忠告したりしてる僕自身もある意味巻き込まれてると気付いて、ヤメた。(これも僕がFBのポストを読まなくなった理由の一つ。でも自分のブログで毒づいてるのもおなじかな。)

僕には『アナスタシア』も同じに見える。だから突っ込みどころ満載だろうけどもう関わらないでおこう。最近たてつづけに知り合いの何人かから「アナスタシアのこと知ってる?」って訊かれたけど、そんなわけでお願いだから僕には奨めないでね。

追記 _______________

以前「ウサンクサさの疑似科学」という記事をアップしてる。そのあとにも、二つ三つ関連記事を書いた。その時点では『アナスタシア』を知らなかったけど、僕のスタンスは変わっていない。



シベリア鉄道の車両と座席配置

旅に出る前に、座席の窓が北に面しているのか、それとも南向きか、なんてくだらないことに思い悩んでる記事を書きかけていた。結局、準備で忙しかったのか、そのまま忘れて投稿せずにいた。それが下書きとして残っていた。。。

以下、書きかけをそのままUPする。


ウラジオストクからモスクワまで6泊7日で走る優等列車のロシア号じゃなく、一日余分にかかる099Эという鈍行の3等開放寝台に乗る。

http://www.transsib.comより

 

3等はドアもカーテンもない開放式の座席(寝台)。通路片側には、窓ごとに1人掛けのシートが小さいテーブルを挟んで2座席配置され、夜は通路に並行して上下2段の寝台になる。反対側はやはり窓ごとの4人区画で、ベッドにもなる2人掛けベンチシートがふたつ向かい合わせで通路と直角に置かれている。その上にはベッドがふたつ。更に最上段は荷物置きになっている(20年前のイルクーツク~モスクワ間はここにも人が寝ていたと記憶がある)。

4人区画はきっと賑やかだろう。意気投合すれば楽しく旅ができるが、ウマが合わなかったら一週間はきびしい。1人掛けの方はその心配はないが、常に通路に露出しているので人が通るのがウザいかも。しかも、下段は寝ているすぐ横が通路なのでひどい寝顔を人に晒すことになる。2人掛けベンチシートの方は足を通路に向けて寝れば問題なし。

下段は昼間座席になるので朝になると寝具を片付けないといけない。上段は敷きっぱなしで、好きなときに上って寝れる。逆に、下の人が寝坊助とか無頓着でいつまでも寝具を片付けなかったら、下りて行ってどけて、とは何となく言いにくいし、、、。

4人掛け区画のテーブルは4人で使うには小さいので窓側の人はフルに使えるが通路側の人は目の前にテーブルが半分しかない。通路の反対側の1人席のテーブルは更に小さいが、確実にテーブルを確保できる。

で、なんだかんだ迷った挙句、結局、僕は1人掛け座席の上段を取ろうと思ったんだけど、これが北側なのか南側なのかがよく判らない。

つまり概ね東西に伸びるシベリア鉄道の車両内部で3等1人掛け座席は北側の窓にへばり付いてるのか、ということ。日当たりの良すぎる南側ならいやだなと。それで、あれこれ検索してみたけど、車両ごとの座席配置図は出てくるものの、その車両がどっちに向いてるのかが示されていない。

思いついたのは、昔乗ったウラン・ウデ〜イルクーツク間にあるバイカル湖のこと。西行きの列車からは進行方向右手側に見える。あの時はコンパートメントだったので、通路へ出て眺めたような気がする。静止画で進行方向が判らないので、Youtubeで片っ端から調べたら、やはり


以上。

20年近く前に乗ったときの記憶を頼りに上手く希望の北側座席を取れたし、線路と平行に寝る通路沿いの上段のベッド、というその選択も正解だった。(昼間は下の通路でいろんな人と出会えるし、夜は一人でゆっくり寝れる。上段は寝床をたたまなくてもよい)

下の写真では、まるで非人道的な強制収容所かなにかのように見えるが、上の記事で心配したような「同じ顔ぶれで一週間続く」ということはなかった。つまり、ウラジオストク〜モスクワをぶっ続けで乗り続ける人は少ないということ。(当たり前か、、、w)

逆に、長い旅路を続ける中で、区間乗車してくるローカルな人の千差万別なこと。外国人旅行者やロシア人はもちろん、少数民族や旧ソ連の国の人々、、、

僕はロシア鉄道から直接Eチケットを買ったけど、日本の旅行会社は三等寝台のチケットを手配しないという。「危険」とか「治安」とか理屈を付けているらしいが、要は儲からないのだろう。これほど開けっぴろげな場所で、何が起きるというのだろうか、、、

入れ替わり立ち替わりだけど常に満員の車両の中は、54人の乗客が和気あいあいと食べ物をシェアしたり、多言語であれこれ話をしたり、飽きることのない旅空間だった。

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