ニッパーで無慈悲に電線を切断し、ボディーに闇雲に開けた孔にボルト・ナットで締結された配電盤やキルスイッチを外していると”Dave, stop. Stop, will you? Stop, Dave. Will you stop, Dave? Stop, Dave. I’m afraid.” という 2001: A Space OdysseyでAIのHAL 9000が発した台詞が思い浮かんできた。映画の中でHALはストレスから大きな過ちを犯し、宇宙飛行士のDavid Bowman博士に中枢の回路を切断されるのだが、うちのチンク嬢は特段の間違いを犯したわけでもない(あえて言えば、配電盤が火を吹きそうになったことが一度あっただけ)。線を1本切る度に「オカポン、やめて。やめてくれるでしょう?やめてよ、ね、オカポン。やめて、、、私、怖い。」とチンクが訴えてくるのではないか、とさえ思った。
あまりの分量に今日の作業は車体の後ろ半分止まりだった。日が傾いて薄暗くなった車内で “I’m afraid, Okapon. Okapon, my mind is going. I can feel it.”(「怖いわ、オカポン。ねえオカポン、意識が薄れていく。そう感じるの。」)という言葉は聞こえなかった。HAL 9000は宇宙船の乗組員を殺すという間違いを犯し、かろうじて生き残ったBowman博士は怒り狂っていたが、僕のFIAT 500は何も悪いことをしていないし、当然僕は彼女に腹を立ているわけではない。なのに、ただ「理解できない」という理由でその配線を切断しているという後ろめたさはある。黄昏れる車内で、”Daisy, Daisy, give me your answer do. I’m half crazy all for the love of you.”(「デイジー、デイジー、答えてよ。貴方への愛で気が狂いそう。」)と歌っていたのは、なぜか僕だった。
FIAT 500の神経を取り替えようとしているのだが、僕自身の頚椎の後ろにある神経の太い束、つまり脊髄が椎間板のヘルニアにより圧迫を受けていて指先の感覚がない。まるでゴム引き作業グローブをはめているような感じ。ネジひとつ摘むのにも苦労する。平たいところに落ちてる薄いワッシャーを拾うのさええらく時間がかかる。おっつけ作業はいままでのようにスムーズに進まない。FIAT 500の配線が酷いと悪態つく以前に、自分の身体も管理できていないんじゃね?と笑われそう。さすがに首の神経をDIYでやっつけるわけにもいかない。来月の手術に備えて、今月中旬に1泊の検査入院がある。それまでになんとかチンクの配線張り替えを終わらさねば。