Day 21 photo / 0909

ヨックモック⇒リッツェム

ヴァッコタヴァーレからKungsledenのトレッキング再開のために早朝、イェリヴァーレ行きのバスでヨックモックを発つ。逆にイェリヴァーレからヴァッコタヴァーレ方面に向かうバスに乗り換えで、途中のポリウスという村の先6kmのところでバスを降ろされる。何もない三叉路で3時間待ち。。。

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ヨックモックから乗ったバスはわざわざルートを外れて、次のバスが来るバス停まで送ってくれた。そのバスもUターンして行ってしまった、、、

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することもなく、寒くて腹が減ったのでゲイシャを食った。。。
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再スタート地点、ヴァッコタヴァーレはまだ100km以上も先。
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ヨックモックからイェリヴァーレに向かう途中でリッツェムへ左(西)に道が別れる、三叉路の道路標識。ヴァッコタヴァーレはリッツェムの30km点前
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乗ってきたバスは、左へ枝分かれした道を200mほど入ったバス停まで寄り道してくれたけど、三叉路まで戻ってみたら、このあたり(ラッポーニア=「サーミの土地」)についての案内板があったので、暇だから読んでみた。
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我らが土地 「この土地を歩いた者には、これこそ広々とした我が家だった。住む者はほとんどいなかった。村も、共同体集落もなかった。人間はここに棲む他の生き物たちと同じように旅をした。この土地が人々に生き方を示した。そこから人々は獲物の居場所や、いつ魚を獲りいつ土地を休ませるかを習い覚えた。季節季節に、ゆくべき、住むべき土地があった。賢き山の住民たちはその環のなかに住んだ、くる年もまたくる年も。世代を重ねそして消え去った。」 John E. Utsi「Mija ednam」1999より

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バスの休憩所、ストラ・ヘォファレット。ダムが作られたためにここにあった美しい複数の滝が消滅した。100年前のKungsledenはおそらくダム湖の下を通っていたのだろうなあ。。。

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予定を変更して、ヴァッコタヴァーレを通過して、バスの終点リッツェムに向かうことに。詳細はこちらのテキスト投稿で。

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リッツェム山岳ステーションとダム湖、アーッカ・マッシーフ
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リッツェムの向かい側にあるハンベルグ氷河

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Day 21 text / 0909

朝6時のバスがに寝過ごすのを恐れて、やたら夜中に目がさめる。しかも風邪気味の様子。熱っぽいし咳も出る。シベリア鉄道でアクバルくんからもらった風邪は緊張していたためか、たいしたこともなく治ったのに、今回のは計画変更で気が緩んでしまってるから、イヤーな感じ。だるい。

結局よく寝られないうちに5時に起きてお茶を沸かし、のんびり荷造り。昨日まで体調良かったのに、この体たらくで計画の切り捨て度合いがどんどん進む。つまり、楽な方に流れてる。残りの8泊ほどの行程を全て山小屋泊まりにする。もともと、今回スキップしてしまった部分で山小屋の無い地域で連続5泊ほどテントを張る必要があったため、慣らしも兼ねてスタートしてからずっとテントで寝ていたが、これからのコースではもうその必要もなくなった。テントやガソリンストーブなど、かさ張り思いものをどこかで日本に送り返そう。

半世紀前に観た映画「太陽のかけら」で主人公が10年前の思い出と、今、山小屋ひとつ先を行く昔の恋人を追いながら歩いたのは、まさにこれから僕が歩くコース。彼らも小屋泊まりだったから、僕が彼らの軌跡をなぞるのにスパルタンな幕営行軍を自分に強いるこたあない、、、と楽に流れる自分を自ら庇う。

時間通りバスに乗る。昨日、バスステーションに着いたときに新たな出発点、ヴァッコタヴァレへ行く乗り継ぎをしつこく確認してあるので、間違いはないはずだが、村もなにもないただ三叉路があるだけの森の中に放り出されて、バスを3時間も待つのはちょっと心細い。たまに車が通るから、いざとなれば親指立てる方法もあるにはあるが、、、

ついにバスが来る。この道を通るのは日に1本だけだから間違いない。乗り込んでから、はて、、、と考え込む。これから向うヴァッコタヴァレストゥガンの小屋は自動車道に近いとはいえ、まごうことなき山小屋。周辺に集落も無く、郵便局など望むべくもない。使わないテントなどをあれだけ時間が余っていたソルセレで送っておけば良かった。

窓の外はずっと湖とその向こうに見える氷河を戴く岩山。反対側は針葉樹林。ほんの一昨日までダケカンバや針葉樹の樹林帯を出たり入ったりしていたが、景色の質がすっかり変わっている。

途中、1時間以上のお昼休憩停車があるストラ・ショファレトというところで、お土産ショップ人に荷物は送れるか訊いてみるが、ハガキだけでパッケージはダメとのこと。再びバスに乗り、ヴァッコタヴァレが近づいてくる。あーあ、思い出の映画の道を辿る荷物は重いで、、、とか、くだらないシャレが頭をよぎるが、そんなこと言ってる場合じゃない。

ヴァッコタヴァレに着いてバスを降り、荷物室からバックパックを受け取るときに、思い切って運転手さんに、終点のリッツェムで荷物を外国に送れるか訊いてみる。と、横に立っていた若いのにやたら立派なリップ・ヴァン・ウィンクルみたいなヒゲを蓄えた兄ちゃんが、外国は無理だけど、Kungsledenの終点まで行くのならアビスコにある山岳ステーション宛に送っておけばいい、と教えてくれる。その手があったか。日本に送らなくても事が済む。

Kungsledenのことしか調べてなくて知らなかったが、リッツェムもこの辺り、ラポニアのトレッキング拠点のひとつで、STFの山岳ステーションがあえり、ヒゲ兄ちゃんはそこで働いているデニスくんという。たまたま休みから職場に戻るところだったとか。天の助けはいつも突然現れる。そのまま素直に降りていれば、、、デニスくんがバスに乗ったまま居眠りしていれば、、、明日からは不要の重量を担いて歩くことになったはず。いやもう、その覚悟はできていた、ていうか観念していた。

リッツェムの山岳ステーションはヘマヴァンのそれと比べて、うんとこぢんまりしている。編み物講習会か何かの初老の女性グループが編み物講習会をやっている。氷河の山々と湖と森を見ながら毛糸の編み物をする。贅沢だけど、良いものが編めるだろうな。しかし 僕以外に登山客はいないように見える。ここでも、トレッキングシーズンは終わりに近づいている。

職員の一人が編み物の講師らしき人に声をかけてくれて、明日朝、ヴァッコタヴァレまで車に乗せてもらえることになる。

荷物を整理し発送する手続きをする。先日、バスの後部が貨物室になってるアレ(Bussgods)で僻地を結ぶ配送サービスを行っているのだとか。まさかここでお世話になるとは!伝票書いてバスドライバーに直接渡すんだって。明日、早発ちなら、やっといてあげるよって。これで後は出る前に残った ホワイトガソリンをこのステーションに寄付して、身軽になって登山を再開できる。体調も整えなきゃ。風邪と寝不足で頭がぼーっとしてるので、何書いてるのかよくわからない。。。あ、いつでもか。

もう寝ます。